喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?

喜劇映画研究会

第十八話 「有栖川パニック」と再始動

左から新野敏也、小林一三、ニッポこと西村善和。新生ニュー・キーストンの宣伝用に撮影。でも3人が共演する事はなかった・・・ 第十五話で書いたとおり、僕の主宰した(そして勝手に脱退した)ニュー・キーストンは、僕の班、ター班、小林班、多田班と、大…

第十七話 フィルム・アーカイブ計画

前章より時間が遡るけど、僕も小林君に倣ってフィルムを集めてみようと、小林君から渋谷の悪徳ぼったくりフィルム輸入業Jを紹介してもらった。 目的は、ハロルド・ロイドの喜劇を入手して、《スラップスティック・コメディとは違う何か》を自前で研究する事…

第十六話 キゲキの終焉

喜劇研究会最年少トリオがニュー・キーストン加入から最初の《配給作品》として完成したのが多田浩章による007のパロディ(?)だった。 月並みな言葉を並べると16歳~18歳は「大人への入り口」「思春期の曲がり角」「多感な年頃」で、ちょうどこの馬齢に喜…

第十五話 喜劇の黄金時代!?

1978年の自主映画「吉野家の映画丼」より。左からター(ポール・スタンレー)、小林一三(ピーター・クリス)、多田浩章(エース・フレーリー)、佐々木貴(ジーン・シモンズ)。「ケンタッキー・フライド・ムービー」「下落合焼き鳥ムービー」に触発されて…

第十四話 上映会のヒミツ

(左)現存する最古の「喜劇映画研究会」パンフレット。ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏が小林君だった時の手書きで、B4コピーを半分に手で切っていた… (右)喜劇研究会が発行した「喜劇新聞」創刊号。両面・縮小コピーの不可能な時代なので、ちゃんと印刷…

第十三話 ふたつの研究会

1978年5月1日刊行・喜劇研究会の機関誌「喜劇界」。高校生になったばかりの小林君(ケラリーノ・サンドロヴィッチ)が論考を寄せていた! 【提供:原健太郎様】 ハナ肇が顧問の喜劇研究会、恐るべきフィルム・コレクション、高価な映像機器、そして謎の資金…

第十二話 マルクス狂賛主義

東宝事業部発行の冊子、「ハロー!キートン」上映時に劇場で売られていた。当時の定価は500円ながら、値段以上の超豪華な執筆陣!僕のキートンに関する知識は、この冊子に掲載されている記事くらいだったけど、小林君は・・・ 喜劇研究会は畏懼(いく)して…

第十一話 ハナ肇の「喜劇研究会」

喜劇研究会という名称は知らなかった。ましてやハナ肇が顧問というのは、ハッタリにしてもキョーレツ過ぎる!しかも、小林君ら三人はこの数日前に入学したばかりだから、喜劇研究会には中学生で加入していた事になる!彼らの中学校にハナ肇似の顧問がいる映…

第十話 映画部に恐るべき新入生

大阪万博の広報新聞『SUNDAY EXPO』昭和43年(1968年)2月4日号、せんい館はまだ日本繊維館という名称で準備が行なわれていたような内容…祖父が執筆した記事。 喜劇を追求したい!しかし情報がない!マック・セネットとハル・ローチの創作スタイルの違いを解…

第九話 一撃必殺のハロルド・ロイド!

当時のチラシ表と裏!次回公開「猛進ロイド」も謳っているのに・・・! 1977年の元旦、僕の聖地となるニュー東宝シネマ2で上映中の『ロイドの用心無用』に行った時の想い出は、二重の意味で忘れられない。 ひとつは前章に書いた「マック・セネット対ハル・…

第八話 ハル・ローチ対マック・セネット

この豪華なラインナップ!しかし・・・ マック・セネット流がジャリー・ルイスや『8時だョ!全員集合』に発展し、チャップリン流が『男はつらいよ』『藤山寛美の松竹新喜劇』になって、シチュエーション・コメディとは『駅前』シリーズや『クレージーの大冒…

第七話 無声映画の喜劇が爆裂

公開当時のパンフレット表紙。イラストと題字は和田誠氏。僕はこの作品から“伝説の喜劇人”を知る! 『ビバ!チャップリン』『ハロー!キートン』がシリーズと銘打っておきながら、かなりの不定期公開となってモヤモヤしていたところ、遂に最大のインパクトが…

第六話 キートン襲来

「ハロー!キートン」シリーズのプレスシート!まさか途中で打ち切られるとは・・・ リバイバル公開時のチラシ!裏面のレイアウトがオシャレ♪ チャップリンの『街の灯』から古典映画の熱が引かないうちに、初キートンを迎えるため、再びヒステリカルな母親と…

第五話 『街の灯』とキートン登場

戦後初のリバイバル公開となった「街の灯」。チラシの日付で僕が劇場に行った日も判明!? 渋谷の小さな名画座でチャップリン初遭遇となった『モダン・タイムス』から、待望のシリーズ第二弾『街の灯』を見たのは、約半年後の銀座(有楽町)で、それもロードシ…

第四話 チャップリン初体験

リバイバル公開時のチラシ!ロードショー館は有楽町のニュー東宝シネマ2という劇場だったけど、僕がチャップリンを知った時は既にロングラン公開に切り替わって、隣りのシネマ1と渋谷文化という劇場になっていた。証拠のチラシ!? 先述(第二話)のとおり、…

第三話 チャップリンを知る

この人物を知った事で、僕の人生が変わった訳だ・・・ ガキの頃の僕にとっての「映画」とは、東宝チャンピオンまつり『ゴジラ』シリーズか東映まんがまつり、大映『ガメラ』『大魔神』の事であって、あとはテレビで繰り返し放送される『人生劇場』『座頭市』…

第二話 チャップリンで「無声映画」を知る

「ビバ!チャップリン」公開時のプレスシート。寸評の執筆陣がスゴイ! 今日ではサイレント、トーキーという映画史の大きな転換期を知る人も多く、DVDやブルーレイで手軽に古典映画は鑑賞できる。しかし、1972年に東和(現・東宝東和)が『ビバ!チャップリ…

第一話 「喜劇映画研究会」続行宣言

常に危険と不安を抱えている! 我が喜劇映画研究会は1976年設立なので、成人男性に例えるとちょうど今年(2018年)が厄年の真っ只中となる。まぁ、会社組織ではなく「趣味のサークル」なので、倒産やら吸収合併に遭わずに済んでいる訳だけど、今日まで僕が長…