喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?

第一話 「喜劇映画研究会」続行宣言

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常に危険と不安を抱えている!


 我が喜劇映画研究会は1976年設立なので、成人男性に例えるとちょうど今年(2018年)が厄年の真っ只中となる。まぁ、会社組織ではなく「趣味のサークル」なので、倒産やら吸収合併に遭わずに済んでいる訳だけど、今日まで僕が長い年月を安穏に暮らしてきたと勘違いしている人、活動を妬む映画マニアなんかがやたらと多いのは、ちょっと困ったもんだ。

 

 実はこれまで危機的状況は何度もあった。その時々の事件は今なら笑い話にもできるので、いつかお話するけど、1995年末~96年初頭だけはマジメに絶体絶命だった。

 この時は映画誕生100年という節目で、なぜか拙会がやたらと注目を浴び、新聞、雑誌、テレビ、ラジオと多くのメディアが持ち上げてくれた。傍から見ればアマチュア団体が表舞台へ躍り出たように見える(確かにそうだ)けど、決して映画界の慶事に便乗してウヒョ~だったつもりはない。当時の内情はメンバーの不祥事が続いて紛糾、いよいよ解散するか閉会するかのギリギリ瀬戸際となっていた。

 

 精神的にも物理的にも運営が行き詰まり、もはやこれまでとなったので、僕は当時の作業場(城南スタジオhttp://www.kigeki-eikenn.com/1993/josta.html)での定例ミーティングを無期延期にして、気晴らしで独り映画館へ向かった。

その時に見たのはリュック・ベッソン監督の『レオン』。本編タイトルが出る前にゴーモン社のロゴがスクリーンにドーンと映し出されたので、「おー!百年の映画史に燦然と輝く最古の会社!」と驚嘆したものの、直後にまた拙会内部のドタバタ騒ぎを思い出してトーン・ダウンした。

 映画がクライマックスを迎える頃に尿意を催し、我慢してエンド・クレジットまで辿り着くと、もうストーリーに感動している余裕はない。現実的、かつ直情的な行動を最優先すべく、とにかくトイレに猛ダッシュ!

 そこで一息ついてラスト・シーンとスティングのShape Of My Heartを心の中で反芻しながら手を洗おうと向き直ると、洗面台の鏡の前で懸命に泣き顔を修復している映画青年(壮年?)がいた。

「あれま!こんなに感激する人がいるなんて!」

「映画とは、こういう人たちに支えられているんだなぁ!」

と僕はしみじみ感心するや、多少なりとも拙会の活動に期待してくれる方々がいる事を思い返し、ここで内紛ごとき理由から解散とか休会なんて考えちゃならん訳だ!と発奮して、ほったらかした筈の定例ミーティングを急遽翌日に再開した(非常召集をかけられたメンバーにとっては、甚だ迷惑だったろうけど・・・)。

 

 こうして「ウチがやらなければもう二度と見られなくなる作品や忘れ去られる史実も多いのだから、何があっても活動を継続する」「埋もれた映画の中から、何かしらの新発見を目標としよう」「映画を愛する人々だけではなく、とにかく世間一般にも古典映画のスゴさを再認識して貰おう」と大言壮語ながらも、活動を継続させる覚悟を決めた。それでまた散々な目にも遭ったけど・・・やはり苦労した経験は以降の活動の糧となった。

 『レオン』鑑賞中、尿意に襲われていなければ、喜劇映画研究会は消滅していた訳で、今頃は単なるアルコール依存症の醜いオッサンにでもなっていただろう。

 

 今日までに、去って行った仲間、絶縁された奴、零落した輩も大勢いたけど、拙会はその度に運営方針を改め、新陳代謝を繰り返してきた。なので、構成メンバーが歳を喰っても、活動自体に老化や萎縮はなく、自然消滅とは無縁なまま、今もって拡張傾向にあると思っている。そんな調子で原稿の締め切りとかイベント本番とか、しょっちゅうアタフタしていて、気がつけば成人男性の厄年と同じ歳月を重ねているじゃないの!

 まぁ、42歳(42年目)はバリバリ働き盛り、まだまだイケると考えている・・・でも、もうトラブルで消耗するのだけは御免だ。