喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?

第三話 チャップリンを知る

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この人物を知った事で、僕の人生が変わった訳だ・・・


 ガキの頃の僕にとっての「映画」とは、東宝チャンピオンまつり『ゴジラ』シリーズか東映まんがまつり、大映『ガメラ』『大魔神』の事であって、あとはテレビで繰り返し放送される『人生劇場』『座頭市』『駅前』シリーズ、はたまた吹き替え版のアメリカ作品であった。

 だから、夏休みの夜に放送されてハマったクリストファー・リーの『吸血鬼ドラキュラ』も、まだ放映される事のない007シリーズ(ピストル玩具から知識だけは得ていた)も新しいアメリカ映画だと思っていたし、銀座とかでたまに見かける白人や黒人はアメリカ映画の俳優か悪役レスラーだと思って、ワクワクしながら眺めていた(いくら僕が馬鹿ガキだったとはいえ、当時はこんな純朴な子供が多かったのだ)。

 

 そんな乏しいオツムで世の中の事象すべてを自己完結している馬鹿ガキの前に、突如『ビバ!チャップリン』シリーズは現われた!

 

 今でいうところの社会現象か集団ヒステリーみたいなチャップリンのブームが日本中で起きたのだ(といっても僕には住んでいる東京以外が未知の国だったので、本当に日本中でブームだったかどうかは、当時発行された文献に頼るしかないのだけど)。

 連日のテレビでは、ゲストで淀川長治先生がチャップリンを語っている。「あの日曜日の夜中にサヨナラ・サヨナラってやってるオジサンが、色々なチャンネルで盛んに喋るチャップリンとは一体何者だろう?」と、いよいよ気が気でない。

 そして馬鹿ガキにとっての決定打は、週刊少年マガジンの巻頭グラビアだった!何と特集記事を組んでいるではないか!漢字もロクに読めない馬鹿ガキにとっては、解説文なんて正体不明の記号を羅列したものでしかないので、とにかく写真に見入り妄想を膨らませるだけ、興味が深まるばかりだ。しかし、どこか懐かしく感じる・・・

 今の僕なら、このチャップリン・ブームは東和(現・東宝東和)が巨額の予算で仕掛けた広告宣伝、もしくは当時の風潮に逆行した《モノクロ無声映画の大劇場リバイバル》という配給会社の冒険に、たまたまメディアが一斉に注目したと考えるけど、馬鹿ガキだった僕は「チャップリン」なるスゲー最新流行がいきなりアメリカから上陸したものだとひたすら驚いていた。それにしても「新しく」見えないから、なおさら不思議でならなかった。

 

 巻頭グラビアを見せてくれた仲良しの同級生も「よくわからないけど、何十年も前の映画らしい」と教えてくれるのが、記事に対する読解力の限界だった(十歳未満のガキ共にとって、何十年も前という絶対数は了知できない)。

 そのため、最新流行と思っていた僕は「何十年も前の・・・」という言葉に強い衝撃を受け、悪いオツム同志で「日本ではお侍さんがいた頃じゃん!」「そんな時代に映画を発明したのか!」と未知の脅威を増幅させ、いつの間にか「映画を最初に作ったのがチャップリンだ」と意訳していた(ちゃんと授業を聞いていれば、時代が合わない事ぐらいわかる筈だけど)。それだけで「スゲー!スゲー!」と勝手な妄想は破裂寸前になり、馬鹿ガキ同志で休憩時間の話題にしていた。

 クラスの優等生からすれば、僕ら最下層の劣等生が寄り合って、無知蒙昧な戯言で内輪ウケしているように見えただろう。でも、あの瞬間、あの小学校での知見が今の活動に発展しているんだから、人生はわからない。

 

 チャップリンの顔を見たのはおそらくこのグラビア写真が初めての筈なのに、赤ん坊の頃にテレビで見ていたような遠い記憶があって、馬鹿な妄想と同時にどことなく懐かしい感覚にも浸っていた。僕がチャップリンに興味を持った理由・・・実はこの第一印象だった。

 だけど、この時点ではまだチャップリン作品を見ていないし、馬鹿ガキ故にノスタルジックとか既視感なんて言葉で表現できるレベルでもなかった。

 

 この懐かしい感覚が何に起因していたのか、最近になってようやく判明した。赤ん坊の頃から記憶に残るチャップリン像とは、フジテレビで放映されていた『テケテケおじさん(原題:Funny Manns)』『アル・クリスティ劇場』(詳細不明)という無声映画期の喜劇フィルムで再構成された番組のコメディアンたち(おそらくビリー・ビーバンとかベン・ターピンという俳優)だったのだ。

 これは僕の両親が文芸全般に無関心なうえ、無教養でトリプルA(あざとい、あさましい、厚かましい)の夫婦だったから、赤ん坊をあやすのはテレビ前に寝かせておくのが最善策と考えていたらしく、幼児の僕が『テケテケおじさん』に過剰反応したからとテレビ真正面放置されていた結果なのだ。つまりは育児放棄が、僕の潜在意識へ無声映画を刷り込んでいた事になる。

(ついでに暴露すると、小学校へ入学するまでは、隣りのお米屋さん一家が僕の面倒を見てくれていた。「テケテケおじさん」という固有名詞は、よくお米屋さんのお爺さんが赤ん坊の僕をあやすのに使っていたのも思い出した!)

 

 この調子で生い立ちと自己分析を進めると、成長してからの僕が無声映画に執着するのも、実は赤ん坊の時にインプットされた情報を追跡調査しているだけという結論に達する・・・これじゃ、まるで僕は発達障害のジジィだ!

 

 とにかく、近年まで長い間ずっと忘れていた『テケテケおじさん』だったけど、この潜在的な印象から初見のチャップリンにものすごく惹かれたのだ。そんな訳で、ホンモノ(映画)を確かめるべく、土曜日の午後に渋谷の映画館へ向かった。