喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?
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第九話 一撃必殺のハロルド・ロイド!

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当時のチラシ表と裏!次回公開「猛進ロイド」も謳っているのに・・・!




 1977年の元旦、僕の聖地となるニュー東宝シネマ2で上映中の『ロイドの用心無用』に行った時の想い出は、二重の意味で忘れられない。

 ひとつは前章に書いた「マック・セネット対ハル・ローチ」の創作スタイルで衝撃を受けた事だけど、もうひとつは約400席の劇場に僕と親友の島ちゃん(小学校から僕の唯一の理解者)と見知らぬ映画青年の3人しか客がいなかった事だ!

 数年前のチャップリンやキートンに対する熱狂的な歓待ぶりは微塵もない。劇場側も営業する気のないダラダラ感と悲壮感が漂っていて(正月なのに閑古鳥が鳴いているのなら無理もない)、これじゃ声を出して笑えない状況だった!

 興行結果をいえば、この鑑賞から数日後、早々に『用心無用』は上映が打ち切られた。予告篇の『次回上映!猛進ロイド 於、当劇場にて』と『シリーズ連続上映!』を謳う傑作名場面集は、夢でも見ていたのかと錯覚するような調子で、以降の『プレイ・ロイド』シリーズが完全に立ち消えとなってしまったのだ。なので、ロイド喜劇は東京で約二週間のロードショー(リバイバル公開)が行われただけ、名古屋・大阪・神戸みたいな地方興行の重要拠点にも廻らなければ、都内の名画座にも降りない正真正銘の幻、封印された名作となった。

 鑑賞後の個人的な感想は、あの有楽座『街の灯』で椅子から転げ落ちて悶絶していた爆笑オッサンがこの場にいたら、きっと笑い過ぎて窒息死していたに違いない・・・だったけど、映画が始まるまでは、僕と島ちゃんもこの閑散とした雰囲気に呑まれて、期待感がまるっきりゼロになっていた。

 この時期は、『ビバ!チャップリン』シリーズも一時の過熱ぶりがすっかり冷めて、ロードショー初日でも大入りながら座れる状態(空き席もあり、既に立ち見の人はいない)、二匹目のドジョウでヒットした『ハロー!キートン』シリーズも次がいつ公開されるかわからないような自然消滅っぽい雰囲気(配給会社に問い合わせても相手にしてもらえない)で、新規のロードショーはやはり初日でも混雑はしているもののスグ席が確保できた。

 しかもキートンに到っては最初にリバイバルされた『セブン・チャンス』と『キートンの蒸気船』だけがごく稀にキタナイ場末の名画座で公開される(閑散としている)くらいで、僕が個人的に仰天した短編や『海底王キートン』『探偵学入門』『恋愛三代記』は名画座でも再上映されず、古い映画に詳しいマニアの間でも、人気は過去の出来事みたいになりつつあった。

 こんな風潮の中で始まる『プレイ・ロイド』シリーズは、チャップリン、キートン初公開時のようなテレビ番組内でのスポット紹介もなく、単にかつて「三大喜劇王」と呼ばれた人物のうち二人を紹介したので、「残りの三人目も紹介してやるか」的なカンジで、投げやり感プンプンだった。

 後年に東宝東和の宣伝関係の人に聞いた話では、正月公開の目玉にジョン・ギラーミン監督『キングコング』をあて込み、この1作品だけに社運を賭けるほど宣伝に全精力が注がれていたので、『プレイ・ロイド』シリーズはほったらかしでも『ハロー!キートン』の影響で一応の成功は収める目算があったそうな。しかし、キングコングが悪評で高層ビルから足を滑らして落っこちるのに呼応して『プレイ・ロイド』までも轟沈したではないか!

 こんなメチャメチャな上映で前評判も情報もなかったから、島ちゃんと僕はガラガラの劇場に入った瞬間、「やはりチャップリン、キートンは時代を超えても評価されるけど、三番手のロイドは誰も相手にしない程度の、昔はウケたけど今はダメな代物かもね」「とりあえず、古典映画の勉強には役立つと思って見るだけ見てみよう」と喋っていた。これまでのチャップリン、キートンのブームに併せてマック・セネットまで登場した『シネ・ブラボー!』でもロイドのギャグが一切紹介されなかった事もあって、馬鹿ガキ同志の先入観はダイヤモンドより固く結晶化しつつあった・・・ところがどっこい!

 

 とにかく同時上映の『ロイドの家庭サービス』(『ロイドの初恋』リバイバル用の短縮版)が始まって早々、流暢な画面構成と洗練されたギャグに圧倒され、『用心無用』ではクライマックスの高所登攀シーンで僕らは椅子から腰が浮いて悲鳴を上げていた。

 後年になって判明した事では、ロイドが存命中にこのリバイバルを画策していて、『シネ・ブラボー!』のような他者の製作する名場面ダイジェストに自作の引用を禁じていたとの話。だから世間でも前情報が一段と少なくなっていたのだ。

 この日のロイド初体験は、僕の一生を変える事件となった。劇場で島ちゃんと二回も続けて見てしまった(当時の映画館は指定席でなければ、そのまま居座っていても追い出されなかった)。特に二度目は、客席が僕と島ちゃんの二人だけの貸し切り状態なので、遠慮なしに大声で笑い転げていた。

 おまけに島ちゃんと数日後に見た『キングコング』では、コングが高層ビルに登り始めると、『用心無用』を思い出して二人して笑い出したくらいだ。

 

 この『用心無用』と出逢った瞬間に「チャップリン、キートン、セネットらと違うセンス」が「何か?」を追い求める気概だけは沸き起こるのだけど、言葉で表現できない(簡単な感想すら語れない)症状はしばらく続いた。

 無声映画の歴史的な深層とバイタリティに目覚め、映画の構成要素とは何かを模索し始めるのだけど。しかし、何と表現すれば良いのやら・・・馬鹿ガキはナリだけデカくなっても、オツムは成長していない訳だ。

 そのうちにチャップリン、キートン、ロイドは映画館や雑誌から自然消滅するように消息不明となり、家庭用ビデオのない当時は「あの喜劇は一体何だったのか」と再確認する術もなく(島ちゃんとターという近所の幼なじみを除いて、古典映画の話は誰にも通じなかったし)、喜劇を研究したい感情も自然消滅に向かいつつあった。