喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?

第十七話 フィルム・アーカイブ計画

 前章より時間が遡るけど、僕も小林君に倣ってフィルムを集めてみようと、小林君から渋谷の悪徳ぼったくりフィルム輸入業Jを紹介してもらった。

 目的は、ハロルド・ロイドの喜劇を入手して、《スラップスティック・コメディとは違う何か》を自前で研究する事にあった。この時点では単なる馬鹿ガキ特有の大言壮語だけど、東宝東和が『プレイ・ロイド』シリーズを打ち切った以上は、いくらあがいてもロイド喜劇はもう二度と見られない(と決め込んでいた)ので、無教養なりに本気ではあった。

 

 Jの店は渋谷の道玄坂に建つ新大宗ビルという、小規模企業のテナントの中にあった。今でいうところのシェアオフィスだ。

 小林君は一度帰宅して私服に着替えてから、空手の稽古を終えた僕(襟が高く裾の長い学生服と太いズボン=いわゆる『ビー・バップ・ハイスクール』の定番セットアップ)を再び学校まで迎えに来て、それで二人してJを訪ねた。夜7時くらいだったかな。

 期待を膨らませて新大宗ビルに入ると、Jとは店舗というより小さな事務室!社長のN氏のデスクと、灰色のスチール製書類棚が一つ(納品前のフィルムを収納している)だけじゃん!「店」とは商品を陳列しているのが当然と思っていた僕は、この合理的な在庫管理(注文を受けてから海外より買い付ける方法)を初めて知ってブッたまげた。

 

 僕が常識的に「こんばんは、はじめまして」と挨拶すると、N氏の最初の言葉は「おい、小林、随分ガラ悪いのを連れて来たな」だった。小林君が慌てて「僕の先輩で、映画部の部長だけど空手部にもいるもんだから」とフォローすると、N氏は異星人と第五種接近遭遇したようにニヤニヤ笑い出した。それで「オマエ、拳を見せてみろ」「机、ブチ割ったりしねぇよな?」と、外宇宙からの訪問者に超能力の実証を期待するCIAエージェントみたいな調子で質問を続け、自分だけでバカウケしていた。一体何なんだ、このオッサンは!?

 N氏は僕らより歳が一回りくらい上で、ヌボ~っと焦点が合ってない眠たそうな目をしていた。顔に不釣り合いの高価そうなスーツで大きなカラダを包み、葉巻をくゆらせ、気さくに自分のアメリカ遊学中の話なんかを喋り出したけど、とにかく言葉遣いに品がない。それに横柄だ。輸入品の説明途中でも「オマエ、いきなりここで暴れ出したりしねぇだろうなぁ。正拳とか喰らってフィルム奪われちゃ堪んねぇからよぉ」とか、まるで面白くない話を独りで喋っている。

 僕はなけなしのカネでハロルド・ロイドの『足が第一』というトーキー映画の短縮版(20分くらい)を買い、その足で第一に小林君宅へ向かい試写してもらった(当時の僕は、トーキー用で上映コマ数が可変できる映写機を持っていなかったからだ)。

 僕はようやく念願かなって、小林君とハロルド・ロイド(ハル・ローチ)の喜劇について「マック・セネットのドタバタとは何が違うのか」を語り合う訳だけど、この『足が第一』じゃ日本語字幕はないし、短縮版だし・・・なので何も解決には到らないままだった。でも、ロイドと再会できた事(そして初めて肉声が聞けた事)だけで大満足だった。

 その日から、学校帰りや休校日なんかにJを訪ね、僕はN氏のパシリで郵便局に通販商品を運んだり(当時は宅配便が普及していない)、DMの封入を手伝ったりで、自分の買いたいフィルムを値引きして貰ったり、売れ残りの安いフィルムを貰ったり、小遣いを貰ったり、昼飯をご馳走して貰ったり等・・・小林君のやっていた作戦に便乗させて貰った。

 しばらくこんな生活(?)を続けていたところ、『キネマ旬報』『ぴあ』等にTFSなる新興フィルム輸入業者が広告を載せているではないか。それも明らかにJを潰すつもりの低価格(というより適正価格)で競合、Jの独占市場を脅かしている!

 N氏は「こいつはウチの客だった奴だ」と怒って、「オマエら、今後は仕入れカタログを見せて値段に応じてやるから、TFSを探ってこい!」といきり立った。けど、ここでまたしても僕の人見知りが炸裂したので、僕の代わりにターが駆り出され、小林君&ターのコンビが学校帰りに待ち合わせてTFSの所在地(練馬区豊玉北)へ偵察に出た。

 

 TFSでの収穫は、Jが仕入れられないロスコー・アーバックルの『デブ君の濱遊び(コニー・アイランド)』ノーカット版と『ロイドの要心無用』短縮版(5分くらい)だった。僕は《キートンの師匠デブ君》と《キートンの笑顔》、そして二度と再見不可能だと思っていた《時計の針にぶら下がるロイド》が自分のモノになって大感激・・・していたら、小林君が「先輩のせいでもう!」と叫び始めた。

 ターと口を揃えて「TFSとは住居用のマンションの一室で、入るなり中から鍵をかけられた」「白い短パンを穿いたお兄さんが独りいるだけで、オンナ言葉(いわゆるオネエ言葉)でベタベタ背後にくっついてくる」「帰りがけに『また遊びに来てネ』と手を握られた」とまくし立て、「スゲー怖かったじゃないですか!」と重要な報告をしてきた。なので、今後はTFSから何か買うとしたら、とにかく通販オンリーにしようと全員一致で可決。異性とのコンタクトですら困惑する年頃では、同性との第六種接近遭遇となると、もはや国防問題な訳だ。

 

 この偵察内容をN氏に伝えたところ「だからヘンなトコ行かねぇで、ウチで買ってりゃいいだろ」と、N氏にとっては門外不出の海外カタログをくれた。実は、小林君がだいぶ前にちゃっかりJのゴミ箱から古いカタログを回収していたので、僕らには仕入れ原価がバレバレだったんだけどね。

 「オマエらに秘密でこのカタログをくれてやるから、書いてある値段にオレの手数料やら海外の発送料やら通関税やら、だいたい20%乗っけてくれりゃ、手許に来るまでの手配を全部やってやる」とN氏が切り出してきた。小林君と僕は今までのJ価格が半額以下になったうえ、TFSよりもプライス・ダウンしたので、喜んで缶コーラで祝杯を挙げた。

 でも、僕はそんなにフィルムが買える訳じゃないので、もっぱら小林君がJへの注文量を増やしただけ。ところが、マルクス兄弟の『ラブ・ハッピー』だったか『マルクス捕物帖』を彼が買った直後に、ケラリーノ・サンドロヴィッチ氏の語る有名な《父親に殴られた》騒動が勃発した。

 僕はずっと後年になるまで理由を知らなかったので、ある日いきなり多田君から電話で「なぜか知りませんけど、彼はもう僕らと遊んじゃいけないらしいですよ」「フィルムとか映写機とか、捨てるか売るかを考えているらしい」「かなり落ち込んでいますよ」と伝えられ、それっきり小林君とはしばらく音信不通になってしまった。これには名門大学への受験準備なのか???と思ったね。

 その後も僕はフィルムを買う訳ではないけど、独りで頻繁にJを訪ねた。目的は新しいフィルムの販売動向を知りたいからだった。でも、行く度にN氏から聞かされるのが「小林にカネ払えって伝えろ!」なので、これにはちょっと参った。N氏が小林君と連絡が取れない状況は僕も同じだから、「伝えろ!」たって「伝えらんねぇ!」のだ。

 

 小林君はかなり苦労を重ねてJに完済したようだった。途中で追加値引きまで懇願したそうで、数年かけて分割払いしたとN氏より聞いた。だけど、そのN氏本人が、後年になって小林君=『有頂天』のKERA=劇作家のケラリーノ・サンドロヴィッチと悟った瞬間(そして喜劇映画研究会が全国規模で活動している現在)、各所でウケ狙いに「アイツらはカネを踏み倒した」「私は騙されて商品を盗られた」と被害者ぶったホラ話を吹聴している。ふざけた事ヌカしてやがると、本当にそのブヨブヨ面へ正拳を一撃お見舞するゾ。いや、手が穢れるから、顔面は蹴るべきか!

 

 と、訳のわからない方向へ脱線しちゃったけど、思い出したら腹が立つ。まぁ、N氏は初対面の時から質の悪いジョークだけの人だったので、仕方ないのかもしれない。

 とにかく、小林君と会わなくなったと同時期に、喜劇研究会も喜劇映画研究会もニュー・キーストンもなくなって、僕のコメディ熱も醒めてしまった。半年くらい経って再会するまでに、僕と多田君とターが麻布警察署に連行されたり等、事件は色々と起きたんだ。

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Jに貰ったカタログを切り貼りして作った、『新野敏也の喜劇入門』全面改訂版(?)。
中身の文章は、ある大学教授へ貸したら、それっきり戻らず・・・