喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?
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第十九話 『ジジイの初恋』と『福の神』

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左より小林一三、ニッポ(西村善和)、『下賤民族』の場面写真で新野敏也。



 ニュー・キーストンを再結成しようと、僕と小林君とニッポ(西村善和君)で計画した頃、実は改めて「喜劇」を作ろうとか考察しようという考えが僕は希薄になっていた。

 理由は、まずハロルド・ロイド=ハル・ローチ喜劇のノーカット版がもう見られないと思い込んで、笑いの洞察と探究心を諦めかけていた事にある。それだけ東宝東和の『プレイ・ロイド』シリーズ打ち切りは、僕にとって鮮烈な心証を胸の奥に刻む重大事件だったのだ。つまりアンタッチャブルな傷心となっていた。

 次の理由は・・・恥ずかしながらちょっぴり見聞を拡げようと、ベルイマンやらタルコフスキーやら、小難しい映画をエエカッコシィで見始めたらハマっちゃった事にある。まぁ、ヌーベルヴァーグ(特にゴダール)だけはどうも生理的に合わなくて敬遠したけどね。ベルイマンの厳かで格調高い画、タルコフスキー特有の静謐な水の描写とか、いくら惚れても真似できない手法を馬鹿ガキならではの安直さで強行突破しようともがいていた(まさに若気の到り)。こんな愚行が頭の中心から喜劇観を排除したのだろう。

 さらにさらに十六話で書いたとおり、アブナイ映像作家の人々、ほしのあきら氏、伊藤智生(伊藤裕一)氏、中島崇氏、池田裕之氏、畠山順氏との出逢いから、普通に暮らしている人ならいずれ石化するであろう心の瞳を開かれてしまった事がデカかった。

 それまで映画(喜劇)とは眼前にある事象をそのまんま写して、そのまんま再現するだけの知識しかなかった。ハリウッド製の娯楽映画にしか関心がなく、たまたま新たにタルコフスキーやベルイマンに興味が向いた程度だったところ・・・アヴァンギャルドとかアンダーグラウンドなんて《完璧な非商業主義》の裏エンターテイナー達が大昔から存在していたと教え込まれた! 純粋映画とか絶対映画とか訳のわからない画面で心象を表現していたり、陰毛や精液をフィルムに固着させて映写したり、「映像は戦闘でありセックスである」とアジられたり、不快や背徳を視覚に強要されたりと、僕は異文化の洗礼を浴びせられ、改宗を迫られ、大混乱した訳だ。

 こうなるともう、マック・セネット対ハル・ローチなんて小林君と語る気力は失せて、《笑っちゃいけない喜劇》を作るのが究極の目標に思えてきた!?

 

 とりあえず僕は、喜劇研究会の最年少メンバーでニュー・キーストンに加入した小林・多田・平澤トリオより、最も影が薄く(失礼!)毒気のない平澤君を主役に抜擢し、紹介されたばかりのニッポと、地元の旧友オスを助演にミステリー・タッチの映画を作り始めた。馬鹿ガキの悪いオツムの中では、本作はベルイマンの『夜の儀式』みたいな映像美を追究するつもりだった!?

 それと同時期、僕は自主製作・自主上映を目的にメンバー募集中の『企画者集団ホヘト』という新グループにも加わった(但し、このグループでは僕が最年少で、4歳上の主宰者による「みんなで青春の1ページを飾ろう」みたいな運営主旨に賛同できず約半年で脱退、尖鋭的な『PERCENT』という別グループというかユニットに移籍しちゃった)。

 

  小林君もようやく製作再開を決め、瀧本尚美さん(1980年代半ばにモデルやレース・クィーンで大活躍)をヒロインに起用し、《10代のウディ・アレンが青春コメディを作っていたら?》というようなアプローチを監督・脚本・主演にてスタート。僕は撮影と編集を担当、ターとオスが雑用係で参加となった。

 この小林流アレン青春コメディは、タイトルが『気ままに●●』と●●部分が二転三転して定まらないので、僕と小林君の間では『ジジイの初恋』というコードネームを用いていた。実のところ『ジジイ』とは、僕らが蔭で渋谷の悪徳フィルム輸入業者JのオーナーN氏をそう呼んでいるのと、小林君のジョーク「爺さんが初恋するって、時間的な矛盾を感じて面白い!」が合わさって、このコードネームは生まれた。

 しかし、『ジジイの初恋』は最初のうちだけ撮影も快調だったのに、いきなり小林君から「ごめんなさい、明日の撮影は来週に延期できる?」とか「やはり今日も中止、また来週に延期できます?」との連絡が入って、いつしか勢いが薄れてしまった。てっきり撮影日は《予定を守り》小林君が瀧本嬢と二人だけで会ってデート、僕らスタッフは彼女を誘い出すためのダシに使われているんだろうと勘繰っていたら、瀧本嬢から僕に「今日もまた延期なんですか!」「どうして撮影しないんですか?」と電話がかかってきた。

 あとで(この作品とは無関係を貫いていた)多田君から廻ってきた話では、「延期」理由は小林君の資金難が原因だった。悪徳フィルム輸入業者Jより、小林君は執拗な支払い督促を受けていたのだ。それで小林君は、白金のコンビニだったか、東洋現像所(現・IMAGICA)だったかで深夜のバイトをこなしながら月賦を払い、佐々木貴君のスタジオでバンド活動も再開している(つまり、ホールなどを借りて公開ライブを行わない限り、費用がかからない活動)と聞いた。

 蛇足ながら、僕はこの『ジジイの初恋』が縁で、喜劇製作を再開した時には瀧本嬢を主演女優として起用する・・・けど、この話の前にはまだまだ過酷な試練を多く迎えるので、すんなりラッキーな話にゃ辿り着けんのだ!?

 

 小林君が映画製作を再び断念しつつある時期、先述の小難しい映画理論とか表現法とかで混迷していた僕は、資金稼ぎに夜中のバイトを始めた。これは某所にあった大変にガラの悪いサウナでの仕事なんだけど、とてつもない怪奇現象に遭遇したんだ・・・詳しくはこのブログの番外記事で『怪談特集』を組みたいから今回は割愛する!? でも、とにかくバイト代はかなり高額だったので、それなりに好きな物が買える状況にはなった。そこで収入を全額つぎ込んで、ニッポと組んでまた喜劇以外の自主映画『下賤民族』を作り始めた。だけど、気負いばっかりで空転が続き、結局は瓦解。そして僕自身は精根尽き果て頭もイカれ、ノイローゼっぽくなってしまった。深夜の不衛生な環境で不摂生を重ね、昼間に無理な活動を続けていた結果だろう(脳ミソの許容範囲を超えた理論習得にも無理があったしね)。

 

 当時はグレて家に帰ってなかったんだけど、久々に自宅の布団で静養(?)していると、何だか全部なくなっちゃった気がして滅入ってきた。自他共に全否定されたように思えてきた。

 そんな状態が1ヶ月ほど続いて、ようやく気力が戻ると、なぜか最初に向かった先が渋谷の悪徳フィルム輸入業者Jだった。おそらく映画の製作中止で浮いたバイト代がかなり手許に残っていて、使い道がわからなくなっていたからだろう。それとも何か神憑り的なお導きがあったのか・・・

 扉を開けると、オーナーN氏が依然と変わらないヌボ~とした顔で不愛想に「小林に今月分を払えって伝えろ」と第一声、次に「オマエ、すごくコワくなったなぁ、どこのヤクザが来たかと思ったよ」だ。このジジイのボケっぷりで、やっと現世に戻った気がしてきた。

 「オマエに一番伝えようと思っていた事があって、ロイドの長編が入るぞ」

 「ノーカット版だけど、カネ払えるか?」

 「限定販売ってなってるけど、どうする?」

 既にN氏はボッタクるつもりもなく、輸入カタログで仕入れ値を僕に確認させたうえで、歩合を相談しようと構えていた。僕にとっては値段より何より、ロイドのノーカット版(それもすべて未知の作品)が目の前に現われた事が重要。忘れかけていた人生の大切なモノが蘇った感覚だ。

 「売り出されるモノは順次買います!」

 「カネは稼ぎますから、とにかく注文して下さい!」

 

 こうして最初に届いたフィルムが『福の神』という1926年の作品。試写の際、(後年に電通のCMカメラマンとなって大活躍する)T氏がたまたま居合わせ、僕と一緒に見て仰天していた!とにかくブッ飛んだ!

 「これ、どうやって撮影してるんだ!?」とT氏は悶絶していた。

 遂に長年の夢を、追い求めていたスラップスティック喜劇との違いを、ロイド=ハル・ローチ喜劇の緻密な構成を、テクニックの真髄を理解しかけた瞬間だ。この勢いで喜劇をまた研究しようかなぁと、興奮が醒めず放心状態で数日過ごしていたら、ひょっこりニッポが遊びに来た。そこで「スゲー物が手に入ったよ」と彼にも『福の神』を見せたら、やはりブッ飛んで、しばらく喋れなくなってしまった!

 

 小林君からはニッポが「とにかくスゴイ運動神経で面白い奴ですから」と聞いていたけど実力は未知数。そのニッポからいきなり超人的スタントの特技について前置きを授かり、続けて「小林が喜劇を作らないなら、僕らで先に一発カマしませんか?」と提案が出たので、今度は僕がブッ飛んだ。

 僕とコンビを組んで、超絶スラップスティック喜劇を作ろうというのだ。それでニッポと明け方まで構想を練って、陽が昇るとスグに旧友オスを呼び寄せ、僕らは新作の撮影を始めた。

 この時、僕は最強の相棒を得たと確信した。感動していた。小林君の言葉だけでは知りえなかったニッポのトンデモナイ才能に震えていた。《喜劇の研究と実践》こそ、僕の天職ではないかと思い込む程だった。

 

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『下賤民族』撮影中のスナップ。右からター、小林一三、キチハラ、ムカイデ某、
角井高広、新野敏也。1980年7月28日、秋川渓谷にて。