喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?
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第二三話 喜劇的に支離滅裂

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 『フィルム・コレクター連盟』という崇高な文化サークルには入れたけど、やはりどこの組織でも尖鋭的な人と退嬰的な輩は共生するもんで(もちろん僕は後者の部類だが)、ご多分に漏れずここでも会報に寄稿しているキレ者たちは(紀田順一郎氏を除いても)外国語が堪能な医師や弁護士、現役の映画評論家、裕福な会社経営者など、ごく僅かな方々だった。

 資金力のない学生や単なる映画好きじゃ、このサークルの中核から相手にして貰うのも限界がある。のちに会費を払っているだけの幽霊会員、フィルム収集に無関心なうえ映画自体も興味の対象ではないという「参加する事に意義がある」文化交流マニア(?)も在籍していたとわかり、かなり不思議な集まりだなぁと思った。

 そんなサークルだからなのか、僕みたい「古典喜劇」に特化してフィルム集めを志す者は、会報の《求む!》欄に仲間の募集を載せて貰うと、容易く多くの人が応じてくれた。小林君以外に「マック・セネット」とかの話が通う相手と出会えるなんて!!!と最初のうちは感動していたんだけど、現実はかなりイタイ。

 正式な会員名簿というものは存在せず、会報の巻末にある《求む!》ページから近隣在住の会員や同じ趣味の人を探したり、コレクションを売買したり等、仲良くなるも絶交するも自己責任で、サークル側は会員同士のトラブルには関知しない…という運営方法だったから仕方がないんだけどね。 

 まず、最初に出会ったのは、Mという映画監督志望の一歳下の男だった。彼はちょうど上京したばかりで、この数日後に映画専門学校の入学式が控えているとの話だった。それで下宿先が僕の家から近く、サイレント期のコメディに強く傾倒している点では、僕とかなりウマが合った。コイツはのちに喜劇映画研究会にも加わる(そして絶縁する)けど、この時はまだ奴がトンデモナイ低能だとは気づかなかった。まぁ、コイツの逸話は別の機会に述べるけど、とにかく古典喜劇の熱烈ファンで自主製作もやりたいとの話なので、すぐ小林君にも紹介して、僕と一緒に小林君が撮影中の『ジジイの初恋』(仮称:第十九話参照)を手伝って貰った。 

 次に会ったのは、僕の劣悪なバイト先(番外編 怪談 其の二参照)の近所に住む、Sという一歳上の男だった。彼は僕の家から程近い繁華街(自由が丘)のカフェのシェフとの事で、「いつでも気軽に来店して、声をかけて下さい」と連絡があった。このカフェは超有名な高級店なので、ビックリしながらお邪魔すると…ウェイトレスから「Sさん? 昨日、突然辞めたアルバイトの人かしら?」と訊き返された!どうも本当に調理担当で働いていたのか怪しい。

 すかさず公衆電話に走って(この当時はケータイなんてない)彼の自宅へ連絡すると、アッサリご本人が電話口に出て「アッハッハ、わりーわりー、なら、改めてアラノさんの都合イイ日に…」と軽い調子でスカされた。この時点でかなり不審に思ったけど、直接会っての印象はこれまたサイテー中のサイテーだった。

 初対面のSは、のっけから「オレには膨大な映画コレクションがある」とタバコをふかしながら高圧的に自慢話をブチかまして挨拶もそこそこ、いかにもイキガッテるだけのアンちゃんだった。それで僕のフィルム入手ルートが悪徳輸入業者Jだけと知るや、待ってました!とばかりに「オレは海外から直接フィルムを買い付けているからさ~」「何でJみたいなクズと付き合ってるんだよ~」と見下すように外国の市場動向や個人輸入の手順について講釈を始めた。

 正直なところ、既にフランスの映画祭へ出品していた僕は、Sから個人輸入の説明なんか聞くまでもなかった。市場動向についての話は、会報に載っていた内容を受け売りしているだけ。それに、悪徳輸入業者Jと僕の関係も、Jが単に個人輸入の煩雑な手続きを代行してくれるので、僕は若干の手数料を払って有り難くお願いしているつもりだった。そんな訳で、僕は(初対面だからとSを立てて)黙って話を聞いてやってたんだけど、その僕の態度をどう勘違いしたのか、Sは明らかな虚言や妄想で話を誇張してきた。もし、この時のSの言動を信じるならば、どうも彼は、時差とか、世界情勢とか、国交とか、距離とか、年齢とか、言語とか、為替レートとか、一切を超越した異次元のスーパー・エージェントじゃん。オマエさんはドラえもんか? 仮想通貨の発明者か? 国際的なフィクサーか?  

 Sと接触したのはこの日が最初で最後だけど、後日にSと知り合ったMが「Sさんは若いのに世界を股にかけて無声映画の喜劇を発掘している」と妄信して大感激、僕と小林君(まだ有頂天のケラでもケラリーノ・サンドロヴィッチでもない)とMとSの四人で『無声映画の喜劇サミット』を開催しようと提案してきた。安直に「サミット」なんて名乗るセンスもダサダサだけど、この当時の知識量や経験値で四人が会ったとしたら、まともな会話ができるのは小林君だけで、おそらくSの妄挙に振り回されるだけがオチだったろう。

 因みに、1989年に喜劇映画研究会が書籍『サイレント・コメディ全史』製作を目標に掲げて、自主企画の上映活動を休止した際、その全てから放逐されたMは、一時疎遠となっていた筈のSと組んで新たなサークルを結成し、「喜劇映画研究会は解散して、我々が活動を引き継いだ」と吹聴していたようだ。今日、Mのサークル名はおろか、彼らの名前をネット検索してもまったく見かけない。あの大言壮語からどんな偉業を成し遂げたんだろう? 今もどこかで嘘ブッこいて、健気に生きているのかなぁ?それとも異次元のスーパー・エージェントとして、国連平和維持軍も入れない地域で映画の啓蒙活動をなさっておられるのか。 

 SとかMとはまた別人で、「古い喜劇映画が大好きなので、ご挨拶だけでもと思い…」と、僕の家から300キロほど離れた某県からイキナリ来訪のS2(アルファベットで頭文字表記するとSとダブるのでS2とする)なる男性には、とにかく参った。この人のパンチは効いたなぁ。

 確か、日曜日の夕方に突然「今、お宅の近所の駅にいます」って、公衆電話から連絡してきたのだ。彼からすれば僕が在宅かどうかなんて知る由もない。こちらの予定もヘッタクレもあったもんじゃないけど、わざわざ遠方からお越し頂いたからには無碍に断わるのも可哀想だろうと、駅のそばの喫茶店で会ってみたら…宗教の勧誘じゃん! 

 SとかMとかの趣味はないけど、こんな調子でフィルム・コレクター連盟が崇高なサークルだと畏怖していたのに、見事ズッコケさせられ、そのうちに紀田順一郎氏が「本業が多忙のため」との理由で代表を辞退(というか脱退)、その後任にAという男性が新代表に就任して、いよいよ活動内容はカオスの様相を呈してきた。往時の華々しい《フィルム収集家による有力情報》の発表や意見交換の活動が、着地点のわからないマニア(いまなら妄動ヲタクという)によって無為にブッ掻き回わされているだけに感じてきた。

 まず会報の質が顕著に低下、記事は明らかに《映画雑誌の読者感想欄でハジカレた奴の再投稿》みたいな駄文に染まった。かつては、某国から映画フィルムを買ったら現像処理がこうだったとか、古いフィルムを保存する方法はどうとか、高尚な内容で誌面が飾られていた筈なのに…代表者が変わった途端、チャップリンの映画はペーソスだとか、ブルース・リーのキックは早いとか、アタマの悪い小学生でも既に書かないような凡俗な感想文がほとんどのページを占めている! 意味不明の誹謗中傷まで掲載されている!おまけにレイアウトはメチャクチャときた(おそらく紀田氏と一緒にデザイン担当も退会したのだろう)。発行も遅れるし。

 それで僕は会費を滞納していたら除籍になってしまった。しかし、ある日イキナリ代表のA氏から「是非一度、あなたと会いたい」と連絡が入った。それで僕はもう会員ではないと告げると、「あなたの所有する『街の灯』のフィルムを譲って貰いたいし、色々と昔の喜劇についても質問したい」との事だ。質問されて答えられる程の知識はなかったけど、ちょうどニッポが亡くなって意欲を失っていた自主製作(喜劇)への想いが、Mと遊んでいるうちにひょっこり心の中に湧き上がって、再び製作資金も必要かなぁと感じていたので、とりあえずA氏とは会うだけ会ってみる事にした。

 以降、A氏とはクサレ縁に近い関係となって、怒ったり呆れたりの連続となるけど、この人と知り合ったからこそ、1979年に自然消滅した『喜劇映画研究会』が復活するんだから、世の中はプラスとマイナスで均衡が保たれているんだと悟った。