喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?
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番外編 怪談 其の二 バイト先の怨霊

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  今回の話も事実です。体験した状況をそのままお伝えしますので、信じるか信じないか、心霊現象か妄想かの判断はご自由に、僕の勘違いだと思って頂いても構いません。でも、コワイ話が苦手ならば敢えて読まないように!

 

 このブログの正編(第十九話~二十話)で登場する《下劣な深夜のバイト先》《卑賤なサウナ》での恐怖譚。その現場自体は街ごと再開発されて既に取り壊されているけど、今も経営母体の会社は存続しているようなので、一応は正確な所在地と店名を伏せておこう(結構なお給金を頂戴して喜劇映画研究会のフィルム購入や自主製作映画の資金に活用した以上、いくら化け物騒動に遭ったからって、せめてもの礼くらいは尽くさなきゃ、それこそ罰があたっちゃう)。

 

 安手の幽霊映画みたいにサゲの理由まで長々と話を引っ張るのは野暮なので、もう先に化け物騒動の《原因》をお伝えしよう。

 現場は1970年代初頭のブームで湧いたボーリング場、その建物を転用(改築)で開業したサウナだ。ここはボーリングが廃って転業したのかは定かでないけど、経営する会社はそのまま(つまり社名もボーリング場の名を冠して、社長も以前と変わらずの情況)だった。

 《原因》は、そこがボーリング場だった当時、若い従業員たちが控室に女性客を連れ込んで輪姦、女性客は悲観してそこで自殺!との事らしい。らしい…とは説明不能の怪奇現象に発展するけど、この事件が原因とは断定できないから、こう書くしかない。どうかご了承願いたい。因みに、警察の実況見分もシッカリ行われて、会社としては相当に深刻な問題となったって聞かされた(そりゃそうだろうよ!)。

 

 僕ら(サウナになってからのバイト従業員)がこの事件というか原因を知ったのは、怪奇現象が頻発して、いよいよマズイ!もう隠し事は許されまい!との状況に発展した時に正社員(支配人)が観念して教えてくれたからなのだ。まぁ、とにかく順を追ってご説明しよう。

 

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 このサウナは24時間営業で、そこそこ大きな四階建てのビルにあり、一階(建物の構造上は二階)がフロント、客用ロッカー室(脱衣場)、客用トイレ、大浴場とサウナ、喫茶付き休憩室、マッサージ場(複数の整体師さんが20時まで勤務)、洗濯室(立ち入りは従業員のみ、半地下にある)で、二階(建物の構造上は三階)が簡易宿泊室(20時から開放、午前6時に閉鎖)と従業員のロッカー室&トイレになっていた。

 同じ建物内には一階ロビーを共用する超下品なピンサロがあり、別の外階段から出入りする二階には暴力団経営のキャッチ・バー(ぼったくりキャバレー)があった。そんな環境でも僕が働き始めたのは、やはり映画の自主製作をしている一歳上の医者の息子の紹介で、「とにかく従業員の人たちが優しい」「みんな面白い」「時給が高い」「食事代が浮く」「人間観察になる」との話に釣られての事だった。けど、最初に面接で訪ねるまで、土地勘もないから街全体がガラ悪いとはまるっきり知らなかったんだ(ウブだったなぁ)。

 紹介してくれた医者の息子の言葉は全部本当だったけど、特に「人間観察になる」は正鵠を得ていた。こんな異境は見た事がない(失礼!)と痛感したね。

 サウナ周辺には稲川会、住吉連合(現・住吉会)、極東など指定暴力団の事務所や関連施設が十数軒も点在していたから、もうパトカー出動なんかは日常の光景だった。当時は暴対法がまだ施行されていない事情もあって、ドアや後ろガラスにブランド名(●●組▲▲一家◆◆総業なども併記)とロゴマーク(代紋)を金色のデカールで描いているトラックやワゴン車が、平然と歩道に駐車されていたんだ。

 僕の夜勤が始まる23時からは流れ者のパチプロ、賭け麻雀の勝負師、フーゾク嬢のヒモ、キャッチ・バーの従業員,テキ屋の親方、組関係のノミ屋など住所不定の常連客が続々と集まり、だいたい午前3時くらいまでクダを巻いていた。そんな中には、某メジャー政党所属の議員で公立大学の拡充に奔走したAセンセイも交じっていた(強烈に酒癖が悪く、帰宅できなくなってちょくちょくサウナ泊となっていた)。また、倶利伽羅紋々の暴力団関係者(一応は「刺青の方は入場お断わり」と看板を出しているけど…)、明らかに「イタくて途中で刺青をやめた」とわかる弩チンピラなんかも毎日ご来店、こんな環境だから、当初は幽霊が眼前に現われようとも気にしてらんないくらいコワイ事件が連発するので、勤務はとにかく充実していた!?

 

 因みに、このサウナの経営者は堅気で、父親の遺産としてボーリング場を引き継いだ世間知らずの社長(慶応の法科卒のボンボン)だった。彼の学生時代にキレ者の母親がサウナへ業種替えさせ、そのまま実質の経営ママになっているとの話だった。この件は、同じく堅気ながらも街のカラーによく馴染んだ風貌の(パンチパーマで縁ナシ色メガネ、白いダブルのスーツを着ていた)支配人の佐々木さん(梶原一騎の実弟・真樹日佐夫によく似てコワイ顔なので、僕らは「顔面凶器」とアダ名していた)から聞いた。つまりはマザコンの御曹司が大学生の時にボーリング場の社長となったら、例の自殺事件が起きて転業、それでサウナ以外の一部を貸し物件(本当に瑕疵物件だ!)にしたら、土地柄もあって暴力団の飲食店が入居しちゃったって訳だ。実は、僕の大伯母が慶応法学部の教授でボンボン社長は教え子だった故、支配人の佐々木さんが教えてくれた社長の家庭事情も確証が取れていた。

 

 長々とサウナの立地や周辺環境で前説となってしまったけど、こんなカンジのトコで僕は働いていたんだ。では、いよいよ本題の「幽霊騒動」をお伝えしよう。

まず、怪異って話は、飽くまで接客業なので禁句なうえ、僕らバイト軍団は後々まで自殺事件を知らされず、不思議な事が起きても「防犯上の偶発的な不備」みたいに物理的な説明を聞かされていたので、初めの頃はそのまま《こじつけ》を鵜呑みにしていた。仲間内で偶然に妙なモノを目撃しても、徹夜勤務の疲れによる錯覚だと、お互いを罵り合っていた。けど…

 

 半地下にある洗濯場は、なぜかイヤ~な空気が充満していて、常に誰かが見ているカンジもするトコだった。夜中に独りでこもっていると、とにかくゾクッとなる。それに女性のすすり泣きというか、あえぎ声というか、微かに聞こえてくるんだけど、窓はガラスもないガレージみたいな造りだったので、上階のキャバレーから嬌声が漏れているのだと自分を納得させていた(何たってコワイからね)。

 ある時、ふと天井を見ると、中二階みたいな小部屋があるではないか。どうもそこの窓(構造上は洗濯場を見下ろす位置)から誰かが覗いている気配を感じた(けど、その部屋は真っ暗なうえ、入り口がわからないから確かめられない)。

 朝になって、当直の社員でリーダーの與那國さんに「あの部屋は何ですか?」と訊いても、チャランポランな返答しか貰えなかった。それでバイト仲間と興味本位で洗濯場からこっそり脚立を掛けて小部屋の中を覗いてみると、ソファーがあって、雑誌や空き缶や菓子袋が散乱していて、どうもさっきまで誰かがいた様子だ。だから、僕らは「はは~ん、ここで深夜勤務の社員は、僕らに内緒で仮眠を取るんだな」「僕らにあの部屋の事を教えない訳だ」と勝手に思ったのだ。それに入り口もわからないから「社員の秘密部屋なんだなぁ」と決めつけていた(ザッと見た限りでは、出入り口が見当たらなかったからだ)。

 それで別の日に仲良しのトッポい社員・富永さんに部屋の中を見ちゃったと告げると、一瞬ギョッとしてから「オマエら見たのか」と無念そうに応えたので、僕らは「きっと秘密の休憩室がバレて悔しいのだろう」と勘違いしていた。

 ここまで読んでもうお気づきでしょう、この部屋こそ、ボーリング場だった時に女性を凌辱して自殺に追い込んだ、くだんの従業員控室だ。でも、僕らはしばらくの間、富永さんの隠れ仮眠室だと思い込んでいた。のちに事実が明らかになってから背筋がゾ~と凍りついたのは、あの《さっきまで誰かがいた様子》は自殺があって警察が実況見分してからもそのまま、つまり事件直後から数年間も放置されたまんま…何なんだ一体!

 

 この小部屋の存在を知ってから(本当の事情は知らないまま)、バイトの先輩たち(大手新聞社へ就職希望とか、教員になろうと頑張っている高学歴の面々)が疑問に感じている「サウナの構造」で話が盛り上がった。それは、ビルの床面積に対してサウナもキャバレーも狭くないか? 外見は四階建てなのに、サウナやキャバレーがある位置は三階まで、ではその上階に事務所があるのか? いや、そもそも昇る階段が壊されている! 事務所があるなんて社員から聞いた事がない!という調子だ。

 バイト明けに建物の周囲を巡ると、なるほど窓がいくつもあるけど、位置的にはキャバレーもサウナも該当しない。そのうえ、上階の暴力団キャバレーが夜勤明けの僕を「お兄ちゃん、疲れてるんだから休んできなよ」と中のソファーで寝かせてくれた時、キャバレーの隣りは廃業した店みたいにシャッターが降りていたのを確認している。

 富永さんへ上階のシャッターが閉まった店舗みたいなスペースについて尋ねると、「あそこも前は飲食店だった」「実はこのビル、七割が使われていない」と教えてくれた。そして「空き部屋ばっかり多いもんで、不用心だから気をつけろ」「泥棒や不審者が出入りするだろうから、とにかく逐次報告してくれ」とも伝えられた。

 すると、まだ化け物騒動とは思っていない僕らバイト軍団から、どこそこで物音、あそこで人が出入り、こっちで声が聞こえたとか一斉に報告が寄せられた。共通するのは、皆一様に「女の人みたいな…」という話だ。

 

 バイト仲間から同級生か大親友みたいに慕われ、イジラれていた社員の金子さんだけが「女の人」という単語に過剰反応するので、みんな不思議に感じていた。そのうちに女性の姿を偶然に目撃する頻度も増えたので、それぞれが金子さんへ報告すると「マジか?」「ウソだろ?」とかなり焦っているのがわかる。

 そう、このサウナは男性専科で、女性は20時まで勤務している年配の整体師さんか、朝8時から昼までの(下劣な客が最も少ない時間帯に)フロント業務を担当している赤いガマガエル(別名:練り味噌ババァ)しかいないのだ。だから深夜に女性が各所で目撃されるとしたら、明らかな不審者でしかない訳だ。

 洗面所のミラー越しに掃除中の僕らの後ろを通り過ぎる女性が見えたとか報告すると、金子さんはムキになって「オマエら、仕事中に居眠りしていたろう」「オレをおちょくってるのか?」と苦い顔をする。

 

 ある日の夕方、僕は自主製作で疲れていて、勤務開始まで二階の簡易宿泊室で仮眠しようと、暗くて客のいない大広間へ独りで入ると、壁側のドア(何の部屋かわからない)が開いて女性が顔を出し、僕をジッと見ていた。僕は急いで声を掛けると、バタンとドアを閉められたので、慌てて金子さんを呼びに行った。すると、金子さんは怒り出して「ウソはやめろ!」「イイカゲンにしろ!」と叫ぶではないか。

 その一部始終を傍らで聞いていた二歳上のボヨヨ~ンとしたバイト仲間の重枝君が「でもこの前、僕もあそこにいたら、女性がドアからズカズカ出てきて、部屋を横切ってトイレに入りましたよ」と報告してきた。それで金子さんは「マジか?」「ウソだろ?」「冗談だと言え!」と険しい顔になった。重枝君の報告は続きがコワい。

 「でもドアを開けて出たかなぁ?そのまんまスルッと出てきた気もする!?」

 「トイレは入ったっきり出て行ったのを見てませんけど、あの人は僕らが勤務中、夜中にコッソリ帰ったんですかね?」

 金子さんが「バカヤロー!ふざけんな!」と怒鳴り始め、店外に出て僕らと押し問答になったので、見かねた隣りのピンサロの客引き(通称:キューピー)が「おいカネコ、うるせぇぞ!女が夜中に大広間をウロウロしてんのはオレも見ているし、アイツはたまに泣いて騒いだりすッから、テメーが注意しろってんだ!大体ここ、女は入れねぇんだろ?」と割り込んできた。

 金子さんは困惑した様子で、「明日、支配人が来てから報告する」「それでオマエらにも話す…」と小声で言うと、絶対に納得できないといった顔でフロントに戻った。

 

 翌朝、金子さんと僕らバイト従業員4・5人が揃って、出勤してきたばかりの支配人へ昨夜の女性について話すと、「遂に会ったか」「バレちゃったか」みたいな返答をして、「ならば仕方ない、一緒に二階を確認しよう」とキー・ボックスから鍵を取り出した。そこで初めて支配人から冒頭の《自殺事件》を聞かされ、金子さんも「ボーリング全盛の頃は、そこの従業員ってだけでモテてモテて、軽薄な女の子がヒョコヒョコ付いてきたんだ」と補足説明し始めた…そして問題のドアに鍵を差し込んで開くと…そこは内側からコンクリートでブロック塀を塗り固めて塞いでいるうえ、ドアノブも内側は取り外されているじゃんか!これには全員が恐怖でカチカチに立ち竦んだ!

 「わかったろう?人が出入りする筈ないんだ」と怯む支配人。

 「ブロック塀の向こうは、洗濯場の上にある小部屋だよ」とビビる金子さん。

 「オレたちが何を目撃して、どんな目に遭っても、客が来なくなっちゃマズイから、とにかくユーレイ話は客のいる前ではタブーにしてくれ」と支配人が念を押してきた。

 そのついでに、数年来も放置されて《開かずの間》となっていた建物の中を、支配人と金子さんと僕らは《巡察》という名目で探検した。ボーリングのレーンがそのまま残っていたり、生活感がイキナリ途絶えたみたいな飲食店跡、埃の積もった内階段(途中で落ちている)、板を釘で打ち付けて封鎖した部屋など、どこもかしこもオカルト感に満ち溢れているから、幽霊の一人や二人や三人が住んでいてもおかしくなかった。鬼太郎が生まれた幽霊族の家って、きっとこんなカンジなんだろうと思った。

 

 支配人から事情を聞かされた以降、余計、気にするせいか、神経質になり過ぎて錯覚するのか、夜中の勤労チームはみんながみんな「今日もいたみたい…」「あそこで出たような…」とコソコソ情報交換して騒いでいた。

 洗濯は、二人一組で実行か、シフト上で人員が足りず単独作業となる時はギリギリ日の出まで待つか、朝の早番(金子さんか富永さん)へ交代して貰うか、となった。早番が「顔面凶器」佐々木支配人とか、五分刈りの狂暴な巨漢・中川部長、與那國さんだと洗濯は頼めないので、独り夜中の作業になるのを皆が怯えていた。

 こんな調子で幽霊らしき女性と共存(?)していたら、遂に最恐最悪の出来事に遭遇となってしまった。その日は「顔面凶器」佐々木支配人が夕方からフロント担当で、建物の様子がおかしいから早く集まってくれと連絡してきた。

 「バットでも木刀でもヌンチャクでも何でも構わないから持って来い」

 

 20時頃に僕ら深夜チーム(23時~翌朝8時シフト)が夕勤チーム(17時~22時シフト)に合流すると、「顔面凶器」が説明を始めた。

 「さっきから洗濯場の扉が開かない」

 「それで、この通り、ヘンな声が聞えるだろう?」と天井辺りを指さした。確かに女性の叫び声というか、絶唱というか、号泣している声というか、とにかくやたらに大きなハイトーン・ボイスが確認できる。

 「さっきから何人かの客がうるさいって文句を言ってるんだ」

 「それでだけど、オマエら深夜組はお客さんに気づかれないよう、全館を見廻って貰えないか」

 「それで、もし、幽霊を退治したり、捕まえたりしたら、一人百万ずつ賞金をくれてやる」

 「不審者を捕まえた場合、そこまでの賞金はやれねぇけど、いくらか謝礼は払う」

 「これはマジだ」

 この提案には金子さんまでノリノリとなって、僕らバイト軍6・7名と一緒に鉄パイプを持って参加。幽霊よりもカネにひれ伏した凶器準備集合罪チームの結束は強力で、まず女性の声がどこから聞こえてくるのか、捜査を開始した(当然ながら、洗濯場が声の発生源だと特定しているけど…心の準備が必要だろう)。

 ウォーミング・アップとして、同じ建物の二階にある暴力団キャバレーまで鉄パイプや木刀を持って押しかけ「大音量でカラオケやってないか」って訊くと、「今日はまだ客がいねぇから、静かなもんだよ」と店内を見せてくれた。次にサウナ隣りのピンサロへ伺うと、キューピーが「ウチはアレが専門だからカラオケなんか置いてねぇよ」「カネコは馬鹿だからヘンな声が聞えんだよ」との返事。前歯が折れて目つきの鋭いマネージャーの鯖石さんが奥から出てきて、ニヤニヤ笑いながら「お兄ちゃんたち、こぇーよー」とバイバイって手を振ってきた。

 これでいよいよ洗濯場を確かめるしか道はないと決心も固まり、みんなで凶器を握り締めてお客さんのロッカー室に集まった(洗濯場はこの奥にある)。顔見知りのお客さんから「討ち入りか?」と尋ねられたので、「場内警備です」と応え、それでいざ洗濯場へ入ろうとすると、さっき「顔面凶器」支配人が言ったようにナゼか扉が開かない。ここの扉は鉄製の防火扉を流用しているけど、鍵はなく、指で押せば開く構造だった。それが向こう側から溶接されたみたいな、気圧が著しく違うような、とにかくビクともしない。さらに、叫び声っぽいハイトーン・ボイスがもっと大きくなった気もするではないか。

 金子さんが鉄パイプで扉をガンガン叩き、僕らバイト軍が数人がかりで力任せに押してみた。しかし開かない。動かない。それで一瞬、みんなが力を緩めて考え込んだら…ア~とかキャ~みたいにビブラートの効いた絶叫と共に扉が凄い音を立てて開いた!そして猛烈にぬるい風がブワっと吹いてきた!!!しかも扉の開く方向が風上となるので、勝手に開いた事が物理的に納得できない!!!

 途端にみんな逃げ出したけど、もうこうなると後ろを確かめる余裕もなければ、お客さんがロッカー室にいようと関係なくなって、鉄パイプとか木刀を持ったままひたすら走った!先頭は金子さんじゃないか!するとバイト仲間の高石君が「カネコー!」とか叫びながら、金子さんのシャツを摑んで後ろに引き倒したので、みんな金子さんを飛び越えて外まで逃げた。気づけば、フロントにいた筈の「顔面凶器」支配人まで飛び出していたではないか!あとから息を切らして逃げてきた金子さんは…

 「高石、オメーだけは絶対に許さねぇからな!」

 

 結局、洗濯場の中がどうなっていたのか? 朝になって確かめても、普段と変わりはない。その日をピークにしばらくは、幽霊騒ぎも納まったように思えた。

 後日、洗濯場の上の小部屋にインターバル・タイマーで自動シャッターが押されるカメラを設置してみよう、赤外線フィルムを使ってみようとの提案もあったけど、誰のカメラを使用するかでモメて、この話は立ち消えとなった。

 その直後…僕がイキナリ倒れ(原因は肋膜炎)、同じ病気で金子さん、富永さんやバイト仲間も続々と入院、與那國さんは結核にまで進行して長期療養となった。「顔面凶器」支配人や中川部長はどうなったかわからない。

 今はサウナのあったビルの痕跡もなく、駅からサウナ跡地まで明るく巨大なショッピング・モールが形成されて、暴力団員風の人たちも街から消えた。高石君は2002年に心臓発作で亡くなってしまった。