喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?
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番外編 “笑い”を語る!喜劇映画の魅力

 

京都国際映画祭2018 サイレント/クラシック映画部門 

https://kiff.kyoto.jp/film/awards/19

 今年もお世話になります京都国際映画祭。創設110年の歴史を誇る大江能楽堂の舞台に、またまた僕が解説でお邪魔させて頂きます。そんな栄誉に預かりますので、取り急ぎ今回の上映作品につきまして、鑑賞のツボを事前にお伝えしたく存じます。ネタバレ防止の内容なので、どうか安心してご笑覧下さい!既に作品をご存知の方も、拙文で場面を思い出しながらムフフと微笑んで下さい!(それで可能ならば、是非、今回の生演奏付きの上映にご参加下さい!きっと以前の感動が倍加しますよ!)

 

 ~マック・セネット語録~

ありそうもない話に挑戦するのがマック・セネット・スタジオだ!

(At the Mack Sennett Studio we’ll do the improbable but never the impossible.)

 

 1910年代半ば~‘20年代後半の約15年間は、俗に《無声映画の黄金期》と呼ばれておりました。そしてこの時代、何と全世界のスクリーンの9割以上がアメリカ作品に占められ、更にそのうち約7割がコメディという、異常なまでの喜劇ブームが起きていたのです!アメージング!!

 詳しい世界情勢、経済、観客の嗜好を説明するとメチャ長くなるので本項では割愛させて頂きますが、この時代の潮流《喜劇の需要増》に対処するため、アメリカ映画界では全製作会社・全配給会社が競って独自の喜劇製作チーム(役者・監督・脚本家・カメラマン)を擁しておりました。推定でも、アメリカ国内(ほぼハリウッド地域)だけでもウン千人というコメディアン、コメディエンヌ、ギャグマンが活躍していた産業規模になります!?

 その中で今日も名前が知られているのはチャップリン、キートン、ロイドのいわゆる《三大喜劇王》だけですけど、実はこの《無声映画の黄金期》では、彼らお三方の上に《喜劇の帝王》マック・セネットが君臨しておりました。そして、セネットの勢力に対抗すべくハル・ローチ、アル・クリスティ、ジャック・ホワイトら大プロデューサー、独立系コメディアン(製作チーム)にはラリー・シモン、モンティ・バンクス、チャーリー・バウワーズなどが群雄割拠していた訳です。

 という事で、今回の京都国際映画祭サイレント/クラシック映画部門のコメディ特集では、現代の視点でも驚愕するような《時代の潮流を闘い抜いたコメディアンたち》から《恐るべき才能》を厳選して、《娯楽の原点》《映像表現の変遷と成熟過程》をタップリご覧頂きたく存じます。

 既に映画史から忘れ去られた人物もいますけど、つまらないから忘却の彼方に追いやられた訳ではなく、たまたまト-キーやカラーやワイド・スクリーンなどの流行に翻弄されただけ…とにかく改めて見直すと驚天動地の連続攻撃!このエネルギーは一体何なんだ!となりますよ。

 

 

10月12日(金)13:40 ~

 黄金期のアメリカ喜劇 #1 喜劇映画の貴公子ハロルド・ロイド

「ロンサム・リュークの爆裂映画館」Luke's Movie Muddle  

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1916年 ロリン・フィルム・カンパニー=パテ・エクスチェンジ作品
製作・監督・脚本:ハル・E・ローチ
出演:ハロルド・ロイド(映画館の従業員ロンサム・リューク)
   ビービー・ダニエルズ(女性客)、スナッブ・ポラード(映写技師)
伴奏:柳下美恵(キーボード)、日本語字幕:石野たき子

 本作は、ハロルド・ロイドを研究するうえで最も貴重な初期作品となります。これは「ロイド眼鏡」の語源となった眼鏡キャラのハリウッド・セレブ=ハロルド・ロイドがスクリーンに登場する以前の、まだ自身のキャラクター性と喜劇の方向性が確立されていない習作期の短編だからです。

 先述の通り、この時期は鎬を削っていた夥しい数のコメディアンのほとんどがサーカスやヴォードヴィルからの転身、または引き抜きで銀幕デビューを飾り、元々のネーム・バリューや得意芸をウリに活躍しておりました。すなわち、彼らコメディアン(及びコメディエンヌ)は《映画》というテクノロジー自体が発明される以前から舞台でパントマイム、ダンス、アクロバット、そして演技の研鑽を積んでいたプロ中のプロだった訳です。 

 彼らに対してハロルド・ロイドは、《映画》という産業が発展してから《映画の役者》を志した後発組の一人でした。彼は12歳で巡業一座に身を置いた事もありましたけど、本格的な身体表現の基礎はなく、舞台での実績もない、若さと希望だけが取り柄の、しがない青年でした。そんなロイドが、エジソンの映画スタジオで知り合ったエキストラ仲間のハル・ローチ、ダン・リンスィカムと共に製作プロダクション「ロリン・フィルムズ」を設立して、1915年より主演コメディを作り始めました…

 当時の喜劇映画は、マック・セネット率いるキーストン社のドタバタ劇が全ての規範で、キーストンからデビューしたチャップリンが世界的なヒットを飛ばしている状況となっておりました。なので、ちゃっかりロイドもチャップリンの亜流キャラ「ウィリー・ワーク(またはウィル・E・ワーク)」「ピート」として売り出しますが鳴かず飛ばず、それでセネット=キーストン社に移籍したけど二週間でクビになり、再びローチと組んで自主製作を始めますが、今度もチャップリンの亜流キャラ「ロンサム・リューク」としての再デビューでした…。

 本作「爆裂映画館」は、この頃のロンサム・リューク主演作品です。冒頭で《ハロルド・ロイドを研究するうえで最も貴重な初期作品》と述べたのは、大成功してからのロイドが初期の主演作を全て買い取り自宅で管理していたところ、1943年に保管室が火事になり「ウィリー・ワーク(またはウィル・E・ワーク)」「ピート」「ロンサム・リューク」等のフィルムが焼失してしまったからです。

 たまたま「爆裂映画館」だけは、1918年にフランスで公開後に配給のパテ・フレール社が家庭用ソフト(9.5mmフィルムと16mmフィルム)として流通させていた事で、かろうじて再見可能なフィルムが残っていた訳なのです。

 今回の京都国際映画祭での上映版は、その古いフィルムを拙会がデジタル復刻したものとなります。初期の喜劇映画特有のドタバタ感を再現しようと、秒速20コマ上映にしてみましたが、ひょっとすると撮影時は秒速12コマではなかろうか?と思うほど展開が早い!早い!(動きを面白くする目的以外に、フィルム代をケチる目的でコマ数を落とす撮影法が採用されたとか?)。

 本作の見どころは、当然ながらチャップリンの亜流キャラを演じるロイドにありますが、舞台芸の基礎を持たず、演劇的にも洗練されていない分、粗削りで野卑な演技を若さと瞬発力だけでカバーしている、これはこれで面白い!とにかく暴力的な展開に魅力を感じます。

 共演の映写技師役スナッブ・ポラードは、オーストラリアの名門芸人一家の末裔で、ロイドが1920年代に道化役を演じない喜劇(「要心無用」の解説参照)で成功した以降に主役へ昇格し、ハル・ローチの看板スター(道化役者)となって人気を博しました。チャップリンの「ライムライト」では《かつての同僚》役として街頭演奏シーンに出演しております。

 独りで映画館を訪れる可愛子ちゃん役のビービー・ダニエルズは、当時まだ15歳!数年後にセシル・B・デミル監督に引き抜かれて、サイレント期のパラマウント社を代表するスター女優となりました。短い作品ですが、こんな映画史の源流も辿る事ができる佳作です。

 

「要心無用」Safety Last 

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1924年 ハル・ローチ・スタジオズ=パテ・エクスチェンジ社作品
製作:ハル・ローチ、監督:フレッド・ニューメイヤー、サム・テイラー
脚本:ハル・ローチ、サム・テイラー、ティム・ウィーラン
題字:H・M・ウォーカー、撮影:ウォルター・ランディン、
美術:C・E・クリステンセン、フレッド・グイル、ジョン・L・マーフィー
出演:ハロルド・ロイド(青年)、ミルドレッド・デイヴィス(恋人)、
   ビル・ストロザー(青年のルームメイト)、ノア・ヤング(警官)
   ウェストコット・クラーク(デパートのフロア・マネージャー)
伴奏:柳下美恵(キーボード)、日本語字幕:板倉克子

 本作は、「爆裂映画館」に見られるような同年代の喜劇様式(道化劇)を一切排除して、ストーリー性と緻密な画面構成で主人公に感情移入できる事を目標としたシチュエーション・コメディ!その原典!これぞロイド喜劇!映画史上の最高傑作のひとつです。

 何よりも《時計の針につかまるロイド》の場面写真だけでも、これほどキャッチーで訴求力のある、宣伝効果の高いカットは他に類を見ないでしょう。

 タイトルは、原題「Safety Last」がSafety First(安全第一)のモジりで、1923年に輸入・配給を行なった日本活動冩眞株式會社(現在の日活株式会社の前身)によって「要心無用」と邦訳されました。このタイトルと《時計の針につかまるロイド》の画像から想起されるのは、壮絶なアクロバット?と思っちゃいますけど、実は若者の夢、希望、見栄、成功をベースに展開される純愛ドラマなのです。しかも!クライマックスのビル登りシーンは、サスペンス映画の経典となるような戦慄の構成!最後まで登れるのか???

 見どころは、他のコメディアンにはないロイドの豊かな表情(感情表現)と、道化劇を排し機知に富んだギャグでドラマを組み立てている点です。とにかくクライマックスへ到るまでの展開が軽快でオシャレ! ほぼ100年前の映画という時代性をまったく感じさせません。

 尚、古典映画ファンには周知の事実ですが、ロイドは1920年に短編『化物退治』の撮影時、爆弾でタバコに火をつける宣伝写真を撮っていたところ、爆発事故で右手の親指、人差し指を掌ごと失ってしまいました!こんな現実を知らなければ、一切何も気づかない程、アップテンポで特級のスペクタクル、特級の恋愛ドラマを朗らかに演じている!まさに現代の映画文法(演出・撮影・編集)の規範!シチュエーション・コメディ(構成)のお手本となる傑作です!

 純真可憐なカノジョ役を演じたミルドレッド・デイヴィスは、この映画が初公開された1923年、実際にロイドと結婚し、女優業を引退しました。

 緻密な演出を手掛けたフレッド・ニューメイヤー監督は、ロイドが路面電車から乗り移ろうとした自動車のオーナー役(=消火栓の前に駐車して、警官から反則キップを渡された男)で出演しております。また、プロデューサーのハル・ローチも、ビル登りを見守る群衆の中に混じってエキストラ出演!(詳しくは僕が当日に解説しますけど…)

 ルームメイト役のビル・ストロザーは、ロイドのスタントマンでもあり、実際の外壁を登っているロングショットなどは彼が代演です。

 また、ビル上での危険な演技は、古典喜劇『無理矢理ロッキー破』からジョン・カーペンター監督の『ニューヨーク1997』までスタントを演じた、ハーヴィ・パリーがロイドの代役を担当しております。ビル登りシーン撮影の工夫もお見事ながら、実はロイドの履く革靴も、ダンス・シューズのように先が柔らかく、足指が曲がる特製のモノを用意したそうです。

あと、ついでの話というには失礼ですが、ロイドは1927年には映画芸術科学アカデミー(Academy of Motion Picture Arts and Sciences:アカデミー賞の管理団体)を設立したメンバーのひとりなのであります。

 

10月12日(金)16:20 ~

 黄金期のアメリカ喜劇 #2 喜劇の王様たち

「ノートルダムの仲立ち男」Halfback of Notre Dame

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1924年 マック・セネット・コメディズ=パテ・エクスチェンジ社作品
製作・脚本:マック・セネット、監督:デル・ロード
監修:F・リチャード・ジョーンズ、撮影:ビリー・ウィリアムズ
特殊効果:アーニー・クロケット
出演:ハリー・グリボン(フィル)、ジャック・クーパー(チャーリー)
   マデリン・ハーロック(アルマ)、ルイーズ・カーヴァー(アルマの母)
   アンディ・クライド(アルマの父)
伴奏:高良久美子(ヴィブラフォン、ドラムス、キーボード、おもちゃ楽器)
   青木タイセイ(トロンボーン、ピアニカ、キーボード)
日本語字幕:石野たき子

 本項の最初に掲げた《ありそうもない話に挑戦するのがマック・セネット・スタジオだ!》を具現化した、喜劇映画の帝王セネットによる典型的スラップスティック・コメディ(ドタバタ劇)のトンデモナイ傑作!

 真面目にストーリーを追う事がナンセンスと思うほどに徹底した不条理とカオスに陥る予測不能の展開、プロットの破綻なんかお構いなしに一発芸的ギャグを進行の推進力としている点が何よりもスゴいです! ベタなギャグ、単にメチャクチャを演じているだけと思える部分も、実は次のギャグの伏線となっていて、ちゃんと着地点が用意されている事は、これぞ道化劇の王道、予定調和といえます。出演者は皆、既に忘却の彼方に去ってしまった人たちだけど、笑いを生み出すエネルギーは鮮度を失っておりません。

 タイトルは本作の前年公開で大ヒットしたロン・チャニイ主演の「ノートルダムの傴僂男」The Hunchback of Notre Dameをモジったもので、この当時の全米学生フットボール常勝校として名を馳せていたノートルダム大学とかけたシャレです。実はこの邦題、拙会が2002年にアテネ・フランセでライヴ上映会を開催した際、日本版のタイトルをつけよと厳命され、苦肉の策で劇中のフットボール《ハーフバック》と《恋の仲介役》をかけ合せ「ノートルダムの傴僂男」みたいにしたものです(かなり無理があるけど)。

 見どころは、マック・セネットが生み出した娯楽映画の要素(お色気、アクション、カー・チェイスの撮影法)や、ギャグ・アニメにも影響を与えた特殊効果!サーカスの道化劇を典拠とする集団ヒステリー的な逸品をお楽しみ下さい!

 

「ラリーの雑貨屋」The Grocery Clerk

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1920年 ヴァイタグラフ・オブ・アメリカ社作品
製作:アルバート・E・スミス、監督・脚本・主演:ラリー・シモン
共演:ルシル・カーリスル(カノジョ)、モンティ・バンクス(ナンパ男)
   フランク・アレクサンダー(雑貨屋の店主)
伴奏:高良久美子(ヴィブラフォン、ドラムス、キーボード、おもちゃ楽器)
   青木タイセイ(トロンボーン、ピアニカ、キーボード)
日本語字幕:石野たき子

 監督・主演のラリー・シモンも既に映画史から忘れられた人物で、相当な古典喜劇マニアでなければ名前すら知られておりません。しかし、絶頂期とされる1919年~’22年ではチャップリン、キートン、ロイドをも凌ぐ人気を誇り、日本では谷崎潤一郎が大ファンで、盟友の稲垣足穗に奨めたところハマりまくってしまったという逸話まであります!そんな名コメディアンがなぜ今日に誰からも忘れ去られてしまったのか? 理由は、本作にも見られる大仕掛け(些細なギャグでもここまでやるか!という予想外の展開)が常套化して観客から飽きられてしまった事、そしてチャップリン、キートン、ロイドらが映画を長編の文芸路線に切り替えたところ、旧来の手法で長編に挑んで失敗した事です。それでシモンは莫大な負債を抱えたまま病に倒れ、夭折しました。因みに、彼の死を惜しんで稲垣足穗は追悼のエッセイを書いております。

 本作の見どころは、やはりその大仕掛けのギャグ!ラリー・シモンの実父はゼラ・ザ・グレートという19世紀の魔術師(おそらく初代引田天功のような脱出劇やイリュージョンを得意としていたのかも)で、シモン本人は映画界へ入る前に新聞の漫画家だった事から、大仕掛けのギャグはサーカスのアクロバット的な要素と、漫画における飛躍や誇張の要素が見事に融合しております(それ故、欧米ではスラップスティック・コメディをより過激にした「ノックアバウト・コメディ」と称されているのです)。

 作風はセネットのドタバタ劇を範とするも、アイデアをギッシリまとめて、緻密なカメラ・アングルでスピーディに展開しているのはお見事!生前のシモンは常に手帳を持ち歩き、ギャグを思いついたらいつでもどこでも書き留めていたそうで、その実直な姿勢が画面によく反映されています。今回上映の「雑貨屋」は、古き佳き時代のエネルギッシュな喜劇というよりも、永遠に漲るパワーが真空パックされたような佳品でしょう。

 共演のモンティ・バンクス(本作のクレジットではモンテ・バンクス)は、第一次大戦前のイタリア映画界にてマリオ・ビアンキの名で活躍したコメディアン。アメリカ移入から「モンティ・バンクス」を名乗り、本作以降にアメリカ、イギリスで活躍した喜劇界の雄です。

 また、エキストラ兼助監督でラリーを支えていたのは、のちの名匠ノーマン・タウログ、スタントはハーヴィ・パリーとリチャード・タルマッジ(共にハリウッドを代表するスタントマンでスター)が担当と、短編ながらも豪華な顔ぶれが勢揃い!

 尚、1920年製作とありますが、近年の調査で初公開は1919年である事が判明しました。とても100年くらい前に作られたとは思えない強烈な喜劇ですから、これで日頃のストレスを忘れて下さい!

 

「ローレル&ハーディのリバティ」Liberty  

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1929年 ハル・ローチ・スタジオズ=M・G・M作品
製作:ハル・ローチ、監督:レオ・マッケリー
脚本:レオ・マッケリー、H・M・ウォーカー
撮影:ジョージ・スティーブンス
伴奏:高良久美子(ヴィブラフォン、ドラムス、キーボード、おもちゃ楽器)
   青木タイセイ(トロンボーン、ピアニカ、キーボード)
日本語字幕:石野たき子
出演:スタン・ローレル(痩せた脱獄囚)
   オリバー・ハーディ(太った脱獄囚)、トム・ケネディ(看守)
   ジェイムズ・フィンレイスン(レコード屋のオヤヂ)
   ハック・ヒル(巡査)、ジーン・ハーロウ(タクシー待ちの女性)

 ローレル&ハーディは、日本では一部のオールド・ファンに「極楽コンビ」として知られているだけで、正当な評価を受けたのはごく近年、キートンやチャップリンの再評価にあやかって、このコンビの絶頂期の勇姿が断片的に紹介されてからとなります。その理由は、絶頂期の傑作群(サイレント~トーキー初期の作品)が日本では正式公開されておらず、年齢的にピークを過ぎた頃のトーキー作品だけが輸入された事によります。

 その本邦初上陸の頃は、既にバッド・アボット&ルー・コステロの「凸凹コンビ」、ボブ・ホープ&ビング・クロスビーの「珍道中コンビ」が人気を博し、すぐのちに新進気鋭のディーン・マーティン&ジェリー・ルイスの「底抜けコンビ」も登場しましたので、一般的な日本人には「極楽コンビ」がロートルの芸人二人組と映ってしまったようです。

 ところがどっこい!今回の「リバティ」をご覧頂ければ、こんな風評(?)も簡単にフッ飛んでしまうでしょう。

 エキセントリックでシニカルなボケ役のローレルと、スノッブながらもガサツなツッコミ役のハーディ、このコンビは互いのリズム感がバラバラで、とにかく噛み合わないところで第一段階の笑いを作ります。そして、互いのテンポが一致した時の破壊的な笑いが第二段階…これこそが元祖ボケとツッコミの妙技!他人を寄せ付けない二人だけの距離感が恐ろしい!

 先に紹介の「ノートルダムの仲立ち男」「ラリーの雑貨屋」は、サーカスの道化劇を典拠とする群像劇で、出演者全員がボケ役となります。1920年代まではこれがコンビやトリオなど、いわゆる「バディ・コメディ」と呼ばれるジャンルのスタンダードだったところ、ローレルとハーディの登場によってボケ役とツッコミ役が明確に分担され、様式が確立されました!

 先述の通り日本では近年まで再評価されてなかったのですが、実はドイツでも近年までは評価を受けていなかったのです。

 その訳は、1926年の「極楽コンビ」銀幕デビュー当初からカオスとカタストロフをウリにした《ちょっと妖しい男性同士》という展開が、ヒトラー政権期に「退廃的」と烙印を押され上映禁止になり、続くソビエト=スターリン統治下の東ドイツでは「資本主義の害悪」とされて上映禁止が続いていたため。ようやく1990年になって西ドイツ側の放送局がイギリスから輸入した旧作のTV再編集版を放映すると、たちまち国民的なアイドル人気を得て《伝説の道化師》《神のコメディアン》《喜劇界のレジェンド》となりました。きっと、共産主義帝国の同調圧力から解放された事によって、極楽コンビの悪辣で破壊的なギャグがカタルシスとなり、元々クラウン(道化師)の伝統を重んじる国民性ともベスト・マッチングしたからでしょう。

 さらに驚く話で、絵本作家モーリス・センダックは自作「まよなかのだいどころ」で、クレイ・アニメ作家ニック・パークは「ウォレスとグルミット」で、浜岡賢次は「浦安鉄筋家族」でローレル&ハーディへの熱烈な愛情を盛り込んでいる他、「チキチキマシン猛レース」で知られるハンナ・バーベラ・プロダクションが1966年にアニメ版を製作、フランスのゴーモン社が2015年に再アニメ化、そして2018年に公開のジョン・S・ベアード監督による新作伝記映画「Stan & Ollie」等々、こんなにも永続的に好感度が高く、こんなにも著名な方々からも多くの信奉を集めているのですよ!

 さてさて、このコンビは映画の発明以前から舞台で活躍していた訳ではなく、アンビリバボーな事にサイレント映画期の終わりかけに《映画だけのオリジナル・コンビ》として結成されたのです。それもお二方が意気投合して組んだ訳じゃ~ない!名伯楽ハル・ローチの発案で、既に主役コメディアンとして活躍していたローレルに、名脇役のハーディを合体させたのでした。

 ローレルは、イギリス出身でチャップリンと同門のフレッド・カルノ一座から映画界へ転身した人物、一説にはチャップリンの先輩格で、ローレルがアメリカ巡業を断わった事から代役で渡米したチャップリンがたまたまマック・セネットに見出され映画デビューとなった、なんて伝説もあります。なので、パントマイムやダンスの相当な実力者です。

 一方のハーディは、ローレルより役者歴が長く、子役として巡業一座でデビュー後、黎明期の映画界へ転向し、エジソン傘下のジェネラル・フィルム社でビリー・ルージというコメディアンと「プランプ&ラント」というコンビを組んで、プランプ役でスクリーンに登場しました。しかしあまり売れず、ラリー・シモンの悪役(ベイブ・ハーディという芸名)に転身して注目され、キートン長編の脇役などを経て、ハル・ローチと専属契約を結んだのです。

 そこでローチがローレルとハーディを組ませる際にブレーンとして起用したのが、新進気鋭の監督・脚本家レオ・マッケリーでした。のちに名匠と謳われますけど、この当時は明らかにノリノリで悪趣味なギャグを考案しているような…この「リバティ」にも充分、ワルノリが確認できます。本作の見どころはまさにコレです!

 また、撮影担当はのちにフレッド・アステア&ジンジャー・ロジャース主演の「有頂天時代」、ジェイムズ・ディーンとエリザベス・テーラー主演の「ジャイアンツ」、アラン・ラッド主演の「シェーン」などを監督するジョージ・スティーブンス!やはり習作期でノリノリだった印象が画面に強く現われております!そんな危険な関係の危険な喜劇!とくとご覧あれ!

 

10月13日(土)16:10 ~

黄金期のアメリカ喜劇 #3 笑わぬ喜劇王バスター・キートン

「荒武者キートン」Our Hospitality

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1923年 ジョゼフ・M・スケンク・プロダクションズ
   =バスター・キートン・プロダクションズ=メトロ社作品
製作:ジョゼフ・M・スケンク
監督:ジャック・ブライストン、バスター・キートン
脚本:ジーン・ハヴェッツ、クライド・ブラックマン、ジョー・ミッチェル
撮影:ゴードン・ジェニングス、エルジン・レスリー
照明・撮影助手:デンヴァー・ハーモン
美術:フレッド・ガブリー、衣装:ウォルター・イズリール
出演:バスター・キートン(ウィリアム・マッケイ)
   ジョー・ロバーツ(カンフィールド家の当主)
   ナタリー・タルマッジ(カンフィールド家の娘)
   フランシス・X・ブッシュマン・ジュニア(カンフィールド家の長男)
   クレイグ・ワード(カンフィールド家の次男)
   ジョー・キートン(機関士)、ジャック・ダフィ(車掌)
活弁・演奏(キーボード):山崎バニラ

 本作はバスター・キートンが手掛けた初の長編ストーリーです。この作品以前に「馬鹿息子」「恋愛三代記」という長編もありますが、「馬鹿息子」はブロードウェイの大ヒット戯曲を映画化したもので、キートン本人の意向を汲まずに製作されました。そのため、脚本・演出にはノータッチで、キートン本来の持ち味が活かされておりません。

 「馬鹿息子」が公開されたのち、キートンは珠玉の自作短編19本を世に送り出してから、ようやく製作したのが「恋愛三代記」となります。但し、この「恋愛三代記」も長編製作の準備段階(試作)として、《短編三作品をつないだ形式》=原始時代、ローマ時代、現代(禁酒法施行中の1923年)という三つの《貧弱な青年が愛を勝ち取る物語》を巧みに交差させて長編に仕上げたものでした。

 このような過程を経て、いよいよ「荒武者キートン」で初めて本格的な長いストーリーに挑んだ訳で、大正13年(1924年)12月に国際映画社(アニメ制作会社とは別、京都が本社だったような…!?)の配給によって、日本で初めて公開されるキートン長編ともなりました。奇遇な事に同じ年の10月には、キートンのライバル=チャップリンの初長編「巴里の女性」も日本で公開されております。

 このチャップリン作品は本人が主演せず、純粋なメロドラマで芸術性・演出力をアピールして一部の評論家には絶賛されますが、《面白いチャップリン映画》を期待していた一般大衆からは支持されず、興行的に惜敗します。

 対するキートンは、短編で人気のキテレツな展開を予想していた観客を良い意味で裏切り、壮大なストーリーと驚異のアクロバットを見事に調和させた長編として、絶対的な評価を獲得しました。因みに、本作が日本人好みの《仇討ち》《礼儀礼節》《純愛》というテーマだった事も、当時のヒットにつながったのかもしれませんね。

 見どころは、やはり一分の隙もない構成、緻密な時代考証(ギャグのネタ)、牧歌的な列車の旅(風景描写が見事ながら笑わせる!)、そして断崖~激流~滝における決死のアクロバットでしょう。初めてご覧になられる方は、このクライマックスに大きなインパクトを受けて前半を忘れてしまうかもしれません。アルフレッド・ヒッチコック監督が「北北西に進路を取れ」のクライマックスでパクったのではないか?と疑ってしまう程です。が、この展開に到るまでのドラマこそが本作の魅力だと僕は思います。ジックリご鑑賞下さい。

 尚、今回は山崎バニラさんの弾き語り用にアレンジした変速再生版を上映します。これは通常、サイレント映画は秒速12コマ・16コマ・18コマ・20コマ等、トーキーは24コマでスタートからラストまで等速上映するのですが、この《変速再生版》は、本編のカットや場面を一切変えずに上映スピードをシーン毎に16~24コマと可変しております。デジタル上映だからこそ可能なアレンジ、こんな上映方法もあるんだ~!とお楽しみ頂ければ幸いです。

 

 最後になりましたけど、今回の京都国際映画祭では、喜劇映画研究会が関係する全上映作品を《70年くらい前の映画館はカーボン・アークで白黒フィルムを上映していた》色に再現したつもりの“喜研会カラー”としました。デジタル上映でもフィルムの想いは忘れておりません!こちらもどうかご堪能下さい!