喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?
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番外編 万国キテレツ喜劇 私的ベスト20(前編)

 そもそも、「喜劇」は現実の誇張、状況の飛躍、登場人物のデフォルメなど、不条理や非常識な展開を常套手段にしている。

 だけど!最初からそうとわかって鑑賞しても、コチラの事前予測をはるかに超える、良い意味での裏切り(つまりブッ飛んだコメディ)で、「製作者の頭ん中は、一体どうなっちょるんだ?」と敬服させられるような作品と出会うこともある。世界は広い、まだまだ世の中は面白い!ということで、僕が驚いたブッ飛びコメディ(キテレツ喜劇)を列挙してみた。

 ランキング形式にしたかったけど、それぞれ僅差で順位を決め兼ねるうえ、笑いのツボや評価も観る人の嗜好で千差万別だろうから、とりあえず製作年度順に並べよう。未見の人へのネタバレ防止で推奨ポイントだけをご紹介しますので、どうかご参考にして頂けると嬉しいです。

(長文になるので、今回は1~10番目までを前半部とします)

 

 

1. ボリシェヴィキの国におけるウェスト氏の異常な冒険

Необычайные приключения мистера Веста в стране Большевиков (1924)

レフ・クレショフ監督 ソビエト映画

 まだスターリンが政権掌握前だったからこそ製作できた(それでもかなり検閲を受けたらしい)伝説的な《世界で初めて社会主義を掲げる新興国家》をネタにした作品。

 ハロルド・ロイドを模した主人公=ウェスト氏(つまり西側諸国の人)がカウボーイを同道してモスクワ旅行、そこで事件に巻き込まれるという、旅の奇譚だけど…まず、世界の映画製作者たちを驚愕させたモンタージュ理論の先駆者クレショフが、ノリノリでコメディを監督しているのには驚いた!

 そして、出演者がポルフィリ・ポドーベド(ウェスト氏)、ボリス・バルネット(カウボーイ)、フセヴォロド・プドフキンと、数年内にソビエトから世界に名を馳せる巨匠たちが、嬉々としてドタバタ劇を演じているのも仰天!ラスト近くのシークエンス(ニュース・フィルムの流用)では、国家の指導者としてレフ・トロツキーが登場するのが珍しい。

 

2. チャールズ・R・バウワーズ作品

Charley R. Bowers Films

 このコメディアン(クリエイター)の作品は、どれが一番面白いとか問うこと自体がナンセンスかもしれない。

 芸名チャーレイ・バウワーズ(1889~1946)は、チャップリン、キートン、ロイドと同年代に漫画家から映画コメディアンへと転じたアメリカ人で、マック・セネット一門を筆頭に珍優・奇優・英雄・豪傑が跳梁跋扈していた1920~30年代、海外のシュール・レアリストからも別格の支持を得ていたのだ!が、絶頂期に自身のプロダクションで製作した作品群はほとんどが散逸(弱小製作会社の宿命かも)、長い間ずっと忘れられたままとなってしまう。

 作風はパペット・アニメと実写の合成に、シニカルなシャレを盛り込んだもので、それこそキテレツ喜劇の規範といえよう。こんなバウワーズ特有のギャグは、今日でもシビレるほど新鮮…でも我が国では昔からまるっきり未公開のまま(おそらく外国文化に疎い当時の一般的な日本人には、理解不能なギャグが多いから輸入されなかったんだろうなぁ)それで今も正式な紹介例はない。

 だけど諦めてはいけない!1960年代にフランスで発掘されるまで幻とされていたフィルムが、輸入盤DVDやブルーレイで再見できるのだ!

 

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3. 幸福

Счастье (1934)

アレクサンドル・メドヴェトキン監督 ソビエト映画

 またもソビエト社会主義共和国連邦をネタにした作品の登場。コチラはスターリンの恐怖政治の許でよくぞ発表できたというのが、まず僕の驚きのひとつだ(やはりかなりの検閲を受けて、改訂させられたらしいけど)。しかも、当時のソビエト国内で大ヒットしたというから、後年に亡命しなければ映画が作れなくなったタルコフスキー監督が一段と可哀想に思えてならない。

 とにかく共産主義をカリカチュアしているのは一目瞭然ながら、この内容で何もお咎めを受けず(次作「新しいモスクワ」はスターリンを怒らせて公開禁止にされたとのことだけど)、以降も映画製作を続けられたメドヴェトキン監督って怪物ではなかろうか。

 キッチュなデザイン感覚、ドイツ表現主義に影響されたであろうセットや構図、20世紀初頭のロシア系道化師(デカ足の男)の起用など、ハリウッド作品にはない見どころが満載!日本での上映権は、アテネ・フランセ文化センターにある。

 

4. ご冗談でショ

Horse Feathers(1932)

ノーマン・Z・マクロード監督

 1930~40年代を代表するキテレツ喜劇の代表は、やはりマルクス兄弟を差し置いて存在しないだろう。

 スクリューボール・コメディも相応にブッ飛んではいたけど、設定のハチャメチャさに加えて、視覚効果まで含めると、彼らの映画を超えられまい。そこで『我輩はカモである』『オペラは踊る』『マルクスの二挺拳銃』があまりにも有名なので、個人的に好きな(やや埋もれている感のある)本作を選んでみた。 

 同時代の人気コメディアン(バスター・キートン&ジミー・デュランテ、バッド・アボット&ルー・コステロ、レッド・スケルトン、エディ・カンター、エド・ウィン、ボブ・ホープ、ビング・クロスビーら)と比べても、マルクス兄弟のスピード感とシュールさは特出している。

 因みに、我が喜劇映画研究会が本作を沖縄国際映画祭2019で上映した際、コメンテーターの高平哲郎氏は「歌に入る前、グルーチョが笛を吹くのは、伴奏のキーを指定しているからだろ」と貴重なご指摘をされていた!

 

5. 水の話

Une Histoire d'eau(1958)

フランソワ・トリュフォー&ジャン=リュック・ゴダール監督 フランス映画

 ヌーヴェル・ヴァーグの巨星がまさか二人揃って!というのがまず腰を抜かす第一段階だけど、これまた水害のニュース・フィルムを流用しただけのユルい恋愛コメディって趣向が、フレンチ・ポップスみたいに可愛くて、腰骨をグニャグニャにされてしまう。マック・セネットへのオマージュというのが、僕の涙腺を決壊させた!

 

6. タンスと二人の男

Dwaj Ludzie z Szafą(1958)

ロマン・ポランスキー監督 ポーランド映画

 ポランスキーがハリウッド移入前の学生時代に作った佳品。ローレル&ハーディの『ミュージック・ボックス』を元ネタに、ちょっぴりホモセクシャルな労務者風の男二人がタンスを運ぶだけの話ながら、とにかく冒頭からブッたまげる。夭折の天才作曲家クシシュトフ・コメダによるテーマ曲が、鑑賞後も頭の中をグルグル巡るのは必至!

 但し、ポランスキー生来の猟奇趣味はこの作品で早くも炸裂するから、特に猫好きの人は見ない方が正解だ。

 

7. 博士の異常な愛情

Dr. Strangelove or: How I Learned to Stop Worrying and Love the Bomb(1964)

スタンリー・キューブリック監督 アメリカ・イギリス合作映画

 言わずもがなのブラック・ジョーク溢れる超大作で、これまで色々と語り尽くされてはいる。けど、ここで敢えて僕が付記するならば、ラスト近くでアメリカ軍同士が銃撃戦となるシークエンスだ。基地を包囲する小隊は、ナチ第三帝国のマシンガン(エルマベルケMP40=通称シュマイザー)を使用しているではないか!この製作当時、実際にベトナム戦争では、人民軍側がチェコスロバキアから密輸された同銃を使用していたので、キューブリック監督は何か暗喩みたいなギャグとして、さりげなくドンパチで使ったのかもしれない。

 そんなことよりも、ともかくはピーター・セラーズの多彩でキョーレツな怪演に拍手喝采!

 

8. プレイタイム

Play Time(1964)

ジャック・タチ監督・主演 フランス映画

 パントマイムが基本で、ほのぼのした笑いがウリのジャック・タチ初の70mm超大作!フランス映画史上、屈指の大予算をかけたとされるセットの規模、その中で演じる壮大なスレ違い!こりゃスゲー!

 興行結果によりタチは破産したらしいけど、そのスケール感はパントマイムに人生を賭ける情念そのもので、ひたすら感動する。

 

9. 黒蜥蜴

Black Lizard(1968)

深作欣二監督 日本映画

 本作を喜劇に分類するとお叱りを受けるかもしれない。けど、敢えて日本代表としてご紹介したい。それには訳がある!?

 かつての我が喜劇映画研究会本部(東京都目黒区八雲にあった)の近所に自由が丘武蔵野館という映画館があった。そこで、ある日一回限りのレイトショーにて『黒蜥蜴』を上映するからと支配人に誘われ、いそいそと開演30分前に伺ったところ…ゴスロリ系女子やパンク系カップルで超満員にごった返しているではないか!

 何とかギュウギュウの館内に座席を確保するも、あとからあとから入場する若者がいっぱいで、遂には通路も立ち見で塞がってしまった(コロナ禍よりも前の、シネコン主流の現在では、もうこんな光景を目にすることはないよなぁ)。かくして本編が始まるや、サイケデリックなタイトルからクスクス笑いが漏れ、アナクロに映る演出に笑い声が一段と大きくなる。どうもこの若者たちは、丸山明宏(現・美輪明宏)の妖艶な姿を期待していたところ、待望の鑑賞ポイントよりも《笑いのツボにハマるシーン》が多かった様子に思える。特に三島由紀夫が登場した時は、笑い声が地鳴りのように響いたのだ(ご本人が存命だったら、この状況に怒りが爆発したかもね)。

 映画が終わって、スクリーンの幕が閉まって(思えば、今のシネコンには幕も緞帳もないなぁ)、場内が明かるくなっても、なぜか誰も席を立たず、しばらくは静寂が支配している…それは、その場の全員が唖然とした空気に包まれ硬直し、立ち見の人は動けなくなり、誰もが帰ることを忘れてしまった、というのが適切かもしれない(かくいう僕も、この雰囲気に侵されていたのは確かだ)。

 すると、静まり返った客席のどこかで、ある女の子が連れ合いにヒソヒソ《三島由紀夫の登場シーン》を反芻するように語った瞬間、場内全体が大爆笑の嵐となって、拍手や口笛までも鳴り響いた!まるでライヴハウスの大トリ登場ではないか!何で見ず知らずの人ばかりの客席が、揃いも揃って思い出し笑いするのだろう?こんな大ウケは後にも先にも知らないし、映画館でこんな一体感を経験するのはこの時だけ!ということで、この作品を日本代表の古典コメディと推挙したい。

 尚、本作は当然ながらコメディとして作られた訳ではないから、反省(?)の意味も込めて僕が好きな邦画キテレツ喜劇を古い順から列挙しておこう。

  • 子宝騒動(1935)

  斎藤寅次郎監督 小倉 繁 出雲八重子

  • らくだの馬さん(1957)

  石原均監督 榎本健一 中村是好

  • 大冒険(1968)

  古沢憲吾監督 ハナ肇とクレージーキャッツ 越路吹雪 ザ・ピーナッツ

  • ダイナマイトどんどん(1978)

  岡本喜八監督 菅原文太 宮下順子 北大路欣也

  • ファンシィダンス(1989)

  周防正行監督 本木雅弘 竹中直人 鈴木保奈美 

  • シコふんじゃった(1992)

  周防正行監督 本木雅弘 竹中直人 清水美沙

  • 木更津キャッツアイ 日本シリーズ(2003)

  宮藤官九郎監督 岡田准一 櫻井翔 酒井若菜

  • オーバードライヴ(2004)

  筒井武文監督 柏原収史 鈴木蘭々 ミッキー・カーチス

  • ロボジー(2012)

  矢口史靖監督 五十嵐信次郎(ミッキー・カーチス) 吉高由里子

  • WOOD JOB!〜神去なあなあ日常〜(2014)

  矢口史靖監督 染谷将太 長澤まさみ

 

10. サイレント・ムービー

Silent Movie(1976) 

メル・ブルックス監督・主演 アメリカ映画

 この作品は無声映画のコメディ再興を望んで、ハリウッドの伝統的なスラップスティック継承者メル・ブルックス自らが製作した《新しい時代のサイレント映画》。趣向としては珍しくもないけど、当時、映画出演を断固拒否していたマルセル・マルソーを登場させたことだけは何よりもスゴイ!しかも…この演出は戦慄すら覚える!

 大スターたちのサプライズ出演が、メル・ブルックスの人望も感じさせる佳品。

 

以上。11番目以降、次回につづく。乞うご期待!?