喜劇映画研究会代表・新野敏也による ドタバタ喜劇を地で行くような体験記♪
作品の感想は語れず 衒学的な論評もできない「コメディ」によって破綻した実生活を暴露する!?

第八話 ハル・ローチ対マック・セネット

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この豪華なラインナップ!しかし・・・


 マック・セネット流がジャリー・ルイスや『8時だョ!全員集合』に発展し、チャップリン流が『男はつらいよ』『藤山寛美の松竹新喜劇』になって、シチュエーション・コメディとは『駅前』シリーズや『クレージーの大冒険』、ルイ・ド・フュネスの『ファントマ』シリーズみたいにストーリーが軸になっているものだと勝手に解釈して、喜劇の世界はそれで包括できたと短絡的に結論を出していたガキの貧弱なオツムは、遠い昔に確立されていたハル・ローチの喜劇観によって、粉々にフッ飛ばされた!

 

 1976年暮れから正月にかけて、またもや有楽町のニュー東宝シネマ2(僕にとって無声映画コメディの聖地)で、東宝東和配給による『プレイ・ロイド』シリーズが始まった。ハロルド・ロイド黄金期の作品を連続上映すると謳い、その第一弾『用心無用』(近年では旧題の『要心無用』が一般的な表記)が公開されたのだ。

 僕は友人と元旦に出かけて・・・!!!この時の様子はあとで詳しく述べるとして、とにかくハル・ローチとハロルド・ロイドというコンビの創作スタイルは衝撃的で、馬鹿ガキのスラップスティック至上主義を完膚なきまでに叩き潰してくれた。「この喜劇はスラップスティックとは違う!でも、何が違うかわからない!オシャレでテンポが良いけど、それだけか???」というカンジで、悩んでも演出法が理解できなかった。

 

 『用心無用』は僕を、爆笑すると同時に「この笑いの正体は何だろう」と思考するようにも導いてくれた。それで、マック・セネット作品とハル・ローチ(ハロルド・ロイド)作品の構成要素を明文化するという目標が芽生えて、互いのライバル関係を解き明かす事が無声映画の喜劇を調べるうえでは必須との考えに到った。

 一番の理由は、僕のバイブル『世界の映画作家26冬の号/バスター・キートンと喜劇の黄金時代』には、ローチとセネットがライバル関係とは記されていても、創作スタイルの違いについては詳述されていない。無声映画を語る淀川長治先生、児玉数夫先生、双葉十三郎先生の文章でも、華やかなりし1920年代は競合相手が多かったみたいに書かれていても、ローチとセネットの相克については細かい記述がなかった。

 こんな文献があれば高額でもゼッタイに欲しい!僕以外に『ハロー!キートン』で熱狂した映画ファンなんかも必要としている筈だろうと勝手に悩んでいるうちに、ならば独力でまとめちまえ!と馬鹿ガキなりの人生の指針がアタマに浮かんだ訳だ。

 このアイデアがずっと後年になって『サイレント・コメディ全史』という書籍に結実し(評価はともかくとして)、今の喜劇映画研究会の活動の推進力にもなっている。かつて馬鹿ガキが作りかけていた『新野敏也の喜劇入門』よりは、少しだけ体裁も良くなった気がする。

 

 イキナリ年代が変わるけど、2000年7月に初めて大衆演劇研究家の原健太郎さんとお会いした際に、『サイレント・コメディ全史』について「アラノさんは今まで誰も実現できなかったハル・ローチとマック・セネットの創作スタイルを詳細に分類して、体系化を果たし、二人の闘いを解き明かした」「このテーマを掘り下げたのは快挙」という、震え上がるほど有り難きお言葉を賜った。(そのうえに立川談志師匠ご贔屓の牛タン屋さんで、我が喜劇映画研究会の面々はご馳走にまでなってしまった!)

 喜劇研究の大家にして大先輩となる御方を前に緊張して、もう嬉しいとか光栄とかの返答できなくなってひたすら萎縮していたけど、僕の「古典喜劇の体系化」をお世辞でもチョッピリ評価して頂けたのは、長年の苦悶に光明が差したみたいでとても嬉しかった。と、独り誇らしく思っていたら、この数年後にはまるっきり面識のない人たちが『マック・セネット対ハル・ローチ』というテーマで、喜劇の講演や大学の授業を行なっとるでないの!あんましだワ(由利徹の喋り方)。

 僕が気づかないうちに『サイレント・コメディ全史』を授業で推奨してくれた複数の大学や良心的な教授陣には心から感謝して已まない!だけど、敢えて僕や拙会との接触を避けてまで、コソコソ「私が初めてセネット対ローチに注目した」と謳い、内容をそのままパクった自称研究家とか講師は勘弁ならん!

 と、この話は別の機会に暴露するけど、とにかく1977年元旦に『用心無用』からセネット対ローチを生涯の研究のテーマ(?)として見出した僕は、まだまだ「この笑いは何か?」で悩んでいた。解答を僅かに摑みかけたのは翌年の4月、小林一三君という人物、つまり現在のケラリーノ・サンドロヴィッチ氏と出逢っての事だ。